赦し、赦される日 Extra Story 1 パラデイン・デュオ

拙作『赦し、赦される日』の番外編です。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「お疲れ。代わろうか?」

 幌の内からひょっこり顔を出して、ヴェルセディが微笑んだ。

 あの日──『サンカーネングの再臨』から、もうすぐ半年。悪魔の残した爪痕の処理も一段落つき、聖銀騎士たちもようやく凝った肩を解していると、風の便りに聞いている。

「眠れないのか?」

「ボクたち別に眠らなくてもいいじゃん」

「まあ、そうなんだけどさ」

 悪魔に必要なのは血液だけ。その血も、セルビアの聖血ならば、無理なく二人分を賄える。セルビアがヴェルセディに血を与えているのを見ると、少々胸につかえるものがあるのも事実だが。

「おとなり失礼」

 ぱたぱたと駆けてきたヴェルセディがすぐ隣に腰かける。思わず身動ぎすると余計に距離が近づき、膝と膝とがぶつかった。

 ややあって、ちりちりと散る炎の光が間を取り持つ。

「あったかいねぇ」

「そうだな……」

「……キミには、感謝してる」

 翡翠色の瞳は揺れる炎を写している。

「この前甘味を奢ったことか?」

「それもそうだけど。いまボクがこうしていられること、ぜんぶ」

「……よせ。今更だ」

 妙に気恥ずかしくなり、ずれていたマントを正す。しかしヴェルセディは変わらず続けた。

「キャリーが死んじゃってからは、生きる意味なんてないと思ってた。彼女は、あのときのボクのすべてだった」

「ああ」

「百年焦がれて、いざ甦らせたらフラれてさ。でもそれでひとつ、気持ちに区切りがついたよ。ボクは世界を壊しかけたことを、後悔してない。反省はしてるけど」

「こんな星の夜に、小悪党の常套句みたいなやつを持ってくるな」

「それでようやく、改めて世界を見られた。ああ、ボクとキャリーがやっていたことは、無駄じゃなかったんだなあって。そう考えたら少し愛着が出てきたよ。いまボクは生きたがってる。でもそれも、キミがボクを赦してくれたから。ボクを生かしてくれたからだ」

 視線と視線がぶつかり合って、複雑に絡んでいく。まるで縒り合わされる糸のよう。悪魔の視界は赤一色。

「お前を赦したわけじゃない」

「うふふ、知ってる」

 風に吹かれて、ふたりの髪がひとつ揺れた。

 同じように揺れる焚き火に薪を足して、ひとつ息をつく。

「……これ以上ここにいると、目が冴えるぞ。明日は商売だ。身体はともかく、気持ちは楽になる」

「楽になりたくないなぁ」ヴェルセディはにひひ、と悪戯っぽく笑って、耳元にその唇を近づけた。「ねえ、知ってた? 猊下だけじゃなくて……キミのこと、ボクもけっこう好きなんだよ? キャリーには負けるけどね」

「なんだ、告白か? 小悪党よりかはマシだが、私にはセルビアがいる」

「キミはボクの二番目。二番目のぬくもり。だからボクも……キミの二番目でありたい。どうだろう?」

「……どうも、こうも。……バカだな」

「えへへ、ごめん。おやすみ」

 パッと身を翻し、ヴェルセディは馬車へと駆け戻る。ぱたぱたと響く足音に、馬たちがぶるると不満そうに寝言を吐いた。

 幌が閉じられたのを確認して、ふと目を落とすと、マントの肩のあたりにヴェルセディの緑の髪がついていた。先がくるんと丸まったその髪を摘まみ上げて、しばし眺めた後に、目の前の焚き火に放る。

「バカだよ、お前は」

 口に出さなければ、ふたりは朝まで一緒にいられたのに。

「私の理解者など、セルビアの他には……ただ一人だけだろう?」

 満天の星空に、焚き火の煙が消えていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る