第96話 勇気の代償
バゼーヌは自分の行動を今更ながら後悔した。
全体の勝利を考えて動いたとはいえ、置かれている状況はあまりにも過酷だ。
円形陣で守りを徹底的に固めているとはいえ、兵力差が開きすぎている。
長くは耐えられない。
バゼーヌもそれはわかっている。
そんな彼の頬を矢がかすめた。
赤い雫が頬を伝い落ちる。
「本陣にまで矢が届くほどの状況なのか……」
バゼーヌは愕然としつつも、腰に提げた鞘から剣を抜いた。
本陣付近に迫る敵を、自ら立ち向かい、剣を振るう。
バゼーヌが心の底から本軍到着を待ち望んでいる頃、クロヴィスは背後から攻撃を受けていた。
ファン・フリートの先鋒隊を回避してバゼーヌのところへ向かおうとしている。
だがそれを阻止すべく、ファン・フリートは追いすがるベルトレを振り切り、クロヴィスへ迫っていた。
「これじゃバゼーヌと合流する前に、主力が混乱してしまう」
クロヴィスはまさかファン・フリートがベルトレの追撃による被害を無視してまで、追いかけてくるとは思っていなかった。
「ここは私が後軍を指揮するので、後軍を切り離して先へ進んでください」
「シュヴァリエにしては、ずいぶんと勇気ある提言だね」
「用法用量を守った上での勇気まで否定する気はありませんので」
シュヴァリエは冷静に答えた。
「そこまで言うなら、後軍を任せるから、敵を防いでもらおう」
「期待を裏切らない程度の成果をお待ちください」
シュヴァリエの専門は謀略や戦略的なことなので、戦術的なことになると、クロヴィスらと比べると劣る。
そのことを自覚しているので、謙遜した言い回しをした。
「前線指揮官として能がないわけじゃないのだろう?」
「それはそうですね」
戦術がわからない者に、全体を見渡して戦略を立てられるはずがない。
「では、後ほどお会いしましょう」
シュヴァリエはクロヴィスから離れ、主力後方へと去った。
彼は後軍を主力から切り離し、ファン・フリートの部隊に真っ向からぶつかった。
とにかく前へ前へと進もうとするファン・フリート隊は、指揮官の勇猛さも相まって相当な勢いがある。
正面から勢いを受け止めた後軍は、やや押され気味となった。
さすがに危険と判断したシュヴァリエは、中央だけ後退させ、両翼を前進させた。
ファン・フリートはこの動きを察知したが、どうすべきか判断を強いられた。
中央の進撃を停止すれば両翼包囲は回避できるが、勢いを失ってしまう。
目前の敵を突破できず、背後から迫るベルトレと挟み撃ちになり大損害は避けられない。
だからといってこのまま進めば両翼包囲されて殲滅ということになる。
迷っている時間はない。
戦況は即断をファン・フリートに強いた。
両拳をぎゅっと握り、覚悟を決めた。
「敵の中央を食い破れ! 他のことには気に構うな!」
勢いを失うことなく、クロヴィスに攻撃するにはこれしかない。
そしてこの決断が最も損害が少なくなると考えた。
ファン・フリートは槍を振るい、速度を落とすことなく敵陣をかけていく。
そうすることで味方を鼓舞し、さらに前へ進むことを促した。
力技に訴えられたシュヴァリエは前進させていた両翼を下げて、中央に兵力を転出させた。
そうでもしないと、中央突破を許してしまう。
それほどの勢いがファン・フリートにはあった。
彼は内心、攻撃をいなして正面からぶつかるのを避けたいと思っている。
とはいえ、そのようなことをしては役目を果たせない。
彼は砂煙舞い上がる戦場見ながら舌打ちをした。
シュヴァリエにできることは、人の壁を作り、少しでもファン・フリートの勢いを弱め、進軍を遅らせることだ。
後はベルトレが背後から攻撃を仕掛け、殲滅に追い込む。
そのためにも時間稼ぎに徹するのみだ。
後退しながら戦闘するなどという、相当な高等技術はシュヴァリエにできない。
クロヴィスがベアトリクス率いる主力を打ち破るのを信じて、できることをするのみである。
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