第95話 先鋒対先鋒

 クロヴィスにバゼーヌの進軍と、ベルトレが交戦を開始したことが伝えられた。

「バゼーヌは敵の主力に突撃したというのか!」

 彼にとっては意外であった。

バゼーヌがそのような勇猛果敢な行動をするとは思っていなかったからだ。


「そういうことは、ベルトレの仕事だと思っていたんだが」

「確かに意外な動きですが、主力はどう動きますか?」

 シュヴァリエが決断を迫った。


「ベルトレのところへ向かおう。彼は主力が橋に向かうのを阻止したいのだろう」

「バゼーヌはよろしいのですか?」

「彼の行動を無視しては、せっかくの大胆な動きが台無しだよ。ベルトレと敵の先鋒を打ち破り、バゼーヌを助ける。これでいくぞ」

 シュヴァリエは眉間にシワを寄せた。


「あまり部下を過信しないほうが良いのでは? 能力に頼り切った作戦は危険です」

 クロヴィスはシュヴァリエの目をしっかりと見た。

「部下を信じられないで、誰を信じるというんだ。上に立つ者が部下を信じてこそ、能力は発揮される」

「どこぞの皇帝に聞かせたい言葉ですね」

 皮肉を残してシュヴァリエはクロヴィスから離れた。


 主力が動いた。

シュヴァリエがよく組織をまとめ、整然とベルトレ軍のもとへ移動した。


「戦況は互角のようだな。数で負けていても、うまく味方を鼓舞して戦っているのか」

 クロヴィスは戦況を見てベルトレの戦い方を見抜いた。

「ベルトレの指揮下にこちらの一部を任せる」

 反攻の命令だ。


 兵を分け与えられたことを戦いの最前線で聞いたベルトレは、心の奥底から興奮しているのを感じた。

敵の攻撃をしのぎ切った後の反撃ほど、熱くなるものはない。

今まで耐えた分を敵にしっかりとお返しするのだ。


「行くぞお前ら! もう守りなんていらねえ! とにかく前だ、前に進め!」

 ベルトレは真っ先に敵へ飛び込んだ。

誰も彼を止められない。

大剣を振るうところに敵は存在できないのだ。


「俺を止められる者は南部にはおらんのか!」

「ここにいる!」


 舞い上がる戦塵から、槍の鋭い一突きが繰り出された。

それを大剣の刃で受け止め、不意の一撃を凌いだ。


「あれを防がれたか。一撃で仕留めたかったのだが」

「てめえ、誰だ!」

「ルイス・ファン・フリート。南部の先鋒を預かる者だ」

 吠えるベルトレに、馬上からファン・フリートは冷静に名乗った。


「将軍同士の一騎打ちがお望みか? いいぜ、まずは馬から降りろ!」

 素早い大剣の一振りが腹部を狙う。

ファン・フリートは馬から転がるように落ちて、攻撃をかわした。

落ちたファン・フリートはすぐに起き上がり、ベルトレに隙を見せない。


「頭が高かったから、馬から降りてもらったぞ」

「お前がそんな偉い人間とは思わなかったんだ」

「うるせえ!」

 片手で大剣をものすごい早さで振るが、ファン・フリートはそれをたやすくかわし、反撃に槍を突き出す。

だがベルトレは左手で槍の軌道を変え、突きをかわした。


「それでかわしたつもりか?」

 ファン・フリートは神速ともいうべき早さで、何度も突きを繰り出す。

ベルトレはかわしたり大剣でガードするが、全ての攻撃は避けきれず、左肩に攻撃を受けた。


「こんなの手負いのうちに入らんよ。俺は片手で戦えるんだからな!」

「筋肉バカめ。無駄にしぶといな」

 ファン・フリートは槍を構え直して、ベルトレに攻撃しようとしたが、周囲を見て露骨に顔をしかめた。


「敵の主力が移動している……お前はおとりか!」

「ん? そんなの知らねえよ」


 ベルトレが反撃で前線を押し返し、その間にクロヴィスの主力がバゼーヌの方へ移動している。

それを周囲の動きを見て、ファン・フリートは察知した。

「退却だ!」

 ファン・フリートは馬に乗り、退却を開始した。


「逃げるな!」

 ベルトレには馬がない。

「あいつの部下をぶっ飛ばして、戦える力を奪ってしまえ!」

 命令したベルトレは、一騎打ちの決着をつけられなかったために、不満げな顔をした。


「あの野郎はぶっ飛ばせなくても、我らが大将の邪魔はさせるか!」

 大剣を振り回し、逃げる敵へ追いすがる。


 怒涛の猛追に、ファン・フリートの軍は混乱状態に陥った。

逃げようにも追撃が激しすぎて後退する隙がない。


「ファン・フリート! てめえに追いついてやるぞ!」

 ベルトレは遠方を行くファン・フリートに向かって叫んだ。


人間が馬に追いつけるはずがない。

しかしベルトレの鬼気迫る表情と、血しぶきを捲き上げる大剣は、本当に追いつけてしまうのではと思ってしまうほどだ。


 ベルトレの叫びはファン・フリートの耳にも届いた。

「お前の相手をしている暇はない。もっと価値のある首を狙いにいくよ」

 劣勢でありながら、ファン・フリートはベルトレに振り返って不敵に笑った。

「まさか大将首を狙うつもりか!」

「それが嫌なら止めてみるがいい!」

 ファン・フリートは馬をさらに早く走らせた。

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