第97話 主力決戦-初動-
クロヴィスの主力軍が包囲されたバゼーヌへ近づくと、ベアトリクスの包囲軍は波が引くように、包囲を解いて後退した、
大軍の猛攻に飲まれそうになったバゼーヌ隊は、遠目に見ても疲弊しきっているのが分かる様子だ。
そんなズタボロになった部隊の指揮官の元へ、クロヴィスは足を運んだ。
「バゼーヌ、怪我はないか?」
「あまりにも戦況が厳しすぎて、胃が痛かったですよ」
頬の切り傷から血を流しながら、死んだ目をしたバゼーヌが答えた。
「じゃあ怪我はないようだな、よかった」
バゼーヌの才覚を失うわけにはいかない。
政争に強いシュヴァリエとは違うタイプの参謀だ、
それだけでなく、彼の大胆な献策や行動が、何者にも代えがたい。
ベアトリクスに騙し討ちを仕掛けるなんて、クロヴィスには考えもつかない。
バゼーヌの行動力ゆえの作戦だ。
彼はクロヴィスの可能性を広げてくれている。
厳しい戦況を制しているのはバゼーヌあってこそと言えよう。
「決戦はこれからなんだ。頼りにしてるよ」
「まだ私を戦わせるおつもりですか、恐ろしい上司を持ってしまったようです」
バゼーヌは肩をすくめる仕草をした。
このように明るく話していないと、クロヴィスは気が気でない。
戦いたくなかったのに、戦闘は不可避な局面にある。
しかも戦うにしても、ベアトリクスは優秀な将軍だ。
これも自分の力で自らの理想を成し遂げるために必要な過程だというのだろうか。
クロヴィスはまだ納得できていない。
だがもう引き返せない。
騙し討ちをしておいて、今更講和なんてできるはずがない。
どちらかが倒れるまで戦いは終わらないだろう。
後退するベアトリクス軍を見て、クロヴィスは即座に次の行動に移ることを決心した。
ここが勝負をかけるところだ。
「主力全体をしばらく預ける。隙ができたら総攻撃を頼む」
バゼーヌの肩をぽんと叩いて、クロヴィスは本陣の部隊だけを率いて打って出た。
「え、いや、ちょっと待ってくださいよ!」
バゼーヌの声は届かず、彼は本陣だったところに取り残された。
「嘘でしょ……」
事態を飲み込めていないものの、主力の指揮をする以外に選択肢はなかった。
******
ベアトリクスはクロヴィスが何を目論んでいるのか理解できなかった。
クロヴィス自ら少数の兵だけを率いて、左翼に回り込もうとしている。
これの何を理解できるというのか。
罠だ。
そんなことはわかっている。
だが何を仕掛けているのかわからない。
「ボック将軍が突出した攻撃を開始しました!」
伝令の報告で思考の堂々巡りから抜け出した。
「勝手なことを!」
そうは言ったものの、放置すると背後に回り込まれてしまう。
ここで重要なのは攻撃に使っている兵力だ。
「左翼のどれだけの兵を攻撃させた?」
「指揮下の大半を投入しています」
これはまずい。
彼女は思った。
目の前の大きな獲物に釣られている。
しかしあまりにも露骨なエサではないか。
ボックほどの将軍がそんなものに釣られるとは、どういうことだろうか。
まさか先鋒のファン・フリートの苦境で焦っているのだろうか。
確かに救出は急がねばならない。
それはわかっているが、こんな罠に釣られるのは軽率すぎる。
「後詰の一部を左翼の穴埋めに動かせ! 左翼に隙を作らせるな!」
ベアトリクスの迅速な行動により、クロヴィスの作戦は頓挫したかのように思われた。
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