第75話 エティエンヌ事件
外からは軍の侵攻、内でも内乱という状況であっても、経済活動が止まることはない。
帝都エティエンヌを出入りする、商人は数多い。
エティエンヌの門には衛兵が立っており、積荷や人の保安検査を行っている。
そんな衛兵が立っている門に、冴えない容貌をした中年の商人が、荷台を馬に引かせてやってきた。
「止まれ。積荷を確認する」
「ええ、どうぞ」
二人の兵士が積荷に被せられた布を取り去り、中をごそごそと物色を始める。
積荷を確認している間、商人の身体検査をされた。
「積荷に不審なものはありません」
「わかった。通ってよい」
衛兵に促され、商人は馬に跨り、帝都の雑踏へと消えた。
商人はシュヴァリエが確保したエティエンヌでの居館を訪れた。
怪しい荷台の来訪に、兵士たちは剣を持って出迎えた。
「お届け物ですよ」
不信感を露わにする顔をする兵士たちを前にしても動じない。
兵士たちを尻目に、下馬して荷台に積まれた品物を、次々と下ろしていく。
そして顕になった底の板を持ち上げた。
「うまく中に入れましたね」
荷台からシュヴァリエが顔をのぞかせた。
「二段底に感謝してやってくだせえ」
「助かりましたよ」
シュヴァリエは懐から銀貨を取り出し、それを商人に渡した。
「毎度ご贔屓に」
銀貨を受け取り、商人は再び馬に跨ってどこかへ行った。
兵士たちは呆気にとられている。
「どうした。帝都には入れない立場になったから、ああしたまでだ。ここもじきに皇帝側に押さえられる」
ウスターシュが挙兵したタイミングで、ここをジェロームが制圧していないのは、彼がボワイエ家の軍を動かせなかった場合、孤立してしまうからだ。
そしてシュヴァリエは「耳」のネットワークで、皇帝ジェロームよりもいち早くウスターシュの挙兵を知り得た。
公式にはまだ勅命によるクロヴィス討伐は布告されていない。
しかし布告は時間の問題だ。
シュヴァリエは居館を放棄し、兵士たちはバラバラに散った。
彼の元にいるのは数人の連絡員である。
「ウスターシュの挙兵はもう皇帝は知っているだろう。私が情報を知り得てからの日数を考えれば、どのあたりまで進出しているかもおおよそ分かる。皇帝が動くのは今日だ」
シュヴァリエは私服をまとう連絡員の兵士らを連れて、騒々しい帝都の人混みにその身を置いた。
その日の夜、シュヴァリエの予想通り、居館から火の手が上がった。
「敵は帝都のほとんどの戦力を注ぎ込んだだろう。五十人を攻撃する以上、そうなるだろう。だがまだ足りない」
連絡員に指示を与え、彼を走らせた。
その一方で残りの人を連れて、皇帝がいるアポリーヌ宮殿の正門が見える位置に来た。
正門を見張って少しすると、帝都の中心部で火が立ち上りだした。
中心は建物は密集しており、風向きもあってみるみる火が燃え移り始める。
「要望通り、派手にやってくれたか」
シュヴァリエは夜空に天高く上る火を見て、ニヤリと笑った。
正門である跳ね橋がゆっくりと下りた。
ぞろぞろと兵がアポリーヌ宮殿から出撃していく。
「狙い通りだ。火災現場にこちらの戦力が多くいると思って出ていった」
居館がもぬけの殻だと気づいても、火災現場に急行するよう伝令を飛ばすには遅い。
そもそも皇帝側はもぬけの殻だとまだ知らない。
シュヴァリエ側の主力は火災現場にいるとすら思っている可能性もある。
「城門を開けて、全軍を宮殿内に突入させろ」
再び上がる跳ね橋を見て、彼は指示を出した。
命令を受けると、三人の兵士が先端に鈎のついた縄を、水堀の向かいにある城壁の頂上に投げた。
鈎が引っかかり、水堀を越えて城壁に取り付いた。
戦場になることを想定していない水堀は狭く、城壁に引っかかった鈎と縄で、容易に越えることができた。
兵士らは順調に城壁をよじ登っていく。
大火事の混乱と居館襲撃で騒然としており、誰も宮殿なんか見ていない。
頂上に達すると、外のことに気を取られている守衛を手早く短剣で殺害し、上がった跳ね橋を支える縄を切った。
丁寧に下げた先ほどとは違い、乱暴に橋がかけられた。
「突入!」
シュヴァリエの号令で彼と二人の兵士が城内に侵入した。
主力はアポリーヌ宮殿の近くとはいえ、そこまで五分ほどかかる。
僅かな手勢で血路を開くしかない。
「あまり腕に自身はないのだが」
シュヴァリエは懐から短剣を取り出した。
周りから目につかないように、シュヴァリエと連絡員は、隠しやすい短剣しか持っていない。
面が割れているシュヴァリエは、街を警備している主力のように、堂々と武装することができなかった。
「戦いはなるべく避けろ。皇帝との『合流地点』に行くことを優先だ」
鐘が鳴り響き、宮殿敷地内での異常を知らせている。
鐘の音とともに宮殿から兵士が出迎えにやってきた。
「敵の数は少ない。一気に内部に侵入する!」
シュヴァリエは正念場を迎えた。
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