第74話 虚勢

 ウスターシュは所領にクロヴィスによるウジューヌ暗殺と、自らの家督継承、そして悪臣クロヴィスの討伐を宣言した。

軍が集まるまでに時間がある。

その間に他の問題に当たることにした。


事を起こしたウスターシュだが、気がかりなことがある。

姉であるエレオノールのことだ。

ずっと前から逆臣のもとにいることが不安で仕方がなかった。

彼は実家に戻ることを促す手紙を使者に託して、カークス城に送り出した。


 そして家臣を城に集めて、自分が新しいボワイエ公であることを示すことにした。

父親殺しという後ろめたさもあり、みんなから認められたいという気持ちが、彼の背中を押す。


 普段はパーティーや会食を行う時に使われるところへ、家臣を集めた。

彼らの前に立つウスターシュに向けられる視線は冷たく鋭い。

家臣たちは勘づいている。

ウジューヌを殺害したのはクロヴィスではなくウスターシュだ。


 しかしウスターシュの家督継承宣言に異を唱えることはない。

他に男子がいない以上、彼が継ぐしか無い。

苦々しい思いを抱えつつ、目前でクロヴィス討伐の大義を熱く語る男を見つめた。

こんな親不孝者でも忠義を尽くさなくてはいけない。

家に仕えるとはそういうことだ。


勅命をかざし、熱くなっているウスターシュに、家臣のひとりブノワが前に進み出た。

「どうした?」

「東方の貴族は我らに心服していません。招集をかけたそうですが、反乱を起こすこともありえます」

「最もな意見だが、譜代の者だけでは兵力が足りない。この戦いで私の実力を示し、東部の者共に武威を示し、所領をまとめるチャンスとも言える」


 なんとも楽観的なと言いかけた言葉を、ブノワは飲み込んだ。

「ですがラグランジュ公もその将兵も百戦錬磨の精鋭です。実戦経験無しで指揮を執って勝てる自信がおありなのですか?」

 そう言われるたウスターシュは眉間にシワを寄せた。

「軍略くらい書物で勉強している! それにラグランジュ公といえども無敗ではない。勝機は十分にある。一戦でベルガエ帝国に武名を轟かせてみせる、わかったか!」

 精一杯の虚勢に、ブノワは黙って応じた。

これ以上何を言っても無駄で、彼の自尊心を傷つけるだけだ。


「これより帝都に進軍し、陛下を守りラグランジュ公討伐に向かう!」

 家臣には彼のような正義感から来る熱も何も持ちようがない。


******


「勅命を出してウスターシュの身柄はすんなり手に入るだろうか」

 クロヴィスは指示を出した後も悩んでいる。

妻の実家との問題だ。

場合によればボワイエ公と対立するかもしれない。


「ボワイエ公が婚姻同盟をした動機は軍事力による安定を欲したからです。事を荒立てる跡取りよりも、未来の安寧を望むでしょう」

 シュヴァリエの言葉に、少し安堵の表情を見せた。

「それで陛下は私の忠心をわかっていただけるならいいのだが」

「ウスターシュを失えば、ボワイエ公の軍事力をアテにできません。そうなれば内戦も辞さないやり方は避けられます。ですが、暗殺を狙ってくることはありうるかと」

「陛下の御心は変わらないと言いたいのだな」

 シュヴァリエは頷いた。

 

「それよりも目の前のことを優先しましょう」

「何かあったのか?」

「ウスターシュが所領に号令をかけて帝都へ軍を動かしています」

「もう動いているのか!」

 暗殺の成否を聞いてから動くと考えていたため、予想よりも早い動きに驚いた。


「すでに動いているということは、成否に関わらず軍を動員するつもりだったのでしょう」

「なぜ落ち着いている。ベルトレに帝都に向かうよう指示を出したが、伝令がカークス城に着いてから帝都に向かっていては二週間はかかるぞ。それまでに帝都を抑えられるじゃないか」

 シュヴァリエはクロヴィスを制した。

「そこで私が一人で帝都に行き、皇帝の身柄を抑えにいきます。ここは私に責任を取らせてください」


 クロヴィスは心配でならない。

「一人で大丈夫なのか?」

「問題ありません。耳を活用して、帝都に入ります。そうなれば後は伏兵を動員して身柄を抑えます」

「伏兵はいくら用意できた?」

「五十人です」

 クロヴィスは渋い顔をした。

「帝都にいる陛下の親衛隊は百人だ。勝てるのか?」

「邪道を以って制します」

 ドス黒さの混じった笑みをシュヴァリエは見せた。


「ではそろそろ。急がなくてはいけませんので」

「ああ、無事でいてくれ」

 そうは言ったものの、こういう人間は簡単には死なない大丈夫だという、そんな気がした。

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