第65話 総崩れ

 リーベック帝国軍が夜陰に紛れて川を越えた。

そのことはクロヴィスに伝えられた。


「こっちの考えは完全に読まれていたか。それで、敵はどこまで来ている?」

「ダヤン将軍が置いた守備隊を撃破し、ベルトレ将軍と交戦中です」

 伝令の言葉を聞いて、命令を下そうとしたところに、別の伝令がクロヴィスのところに飛び込んできた。


「敵襲です! 船に馬を載せて来て、機動力で我らを圧倒しています!」

「慌てるな! 距離をとって迎撃しろ!」


 ベルトレに援軍を向かわせようとしたが、それはできそうにない。

目前の敵が総攻撃を仕掛けてきている。

おそらくこちらの方が数で勝っているだろうが、苛烈な攻勢ゆえに援軍に兵を割くことが難しい。


そう思考している間にも、クロヴィスの近くに矢が飛んできている。

渡河地点を細かく分けて、複数箇所から浸透し、気づかないうちに内部に食い込まれている。


「後退して態勢を整えろ! 数でこっちが勝っているんだ!」

 混乱状態をどうにかしないと、分断されて各個撃破されてしまう。

 

その頃ベルトレは渡河部隊とレオポルト要塞守備隊と交戦している。

ベルトレは自ら武勇を振るい、味方を鼓舞するが状況は悪いものである。


「敵の方が多いから、斬っても斬ってもどんどん来るな」

 大きな体躯を誇るベルトレが、大剣を軽々と振り回していると、大剣がナイフに映ってしまう。

そばで戦うエレオノールはそのように思った。


「どうにかなるんですか?」

 正面と側面から攻撃を受けてしまい、危険な状況にある。

「ならん」

 即答されてしまい、エレオノールが落胆するが、すぐに言葉を続けた。

「どうにかすることはできん。だが命令あるまで戦い続けるくらいはできる」


 ベルトレは円形に陣を整えて、守りを固めた。


******


「後退して態勢を立て直すつもりか」

 ベアトリクスは自ら指揮を執り、夜間渡河を成功させ、クロヴィス本隊を混乱させたが、次の手を考えなくてはいけな状況にある。


 このままだと、数で勝るクロヴィスの反撃を受けて、川で溺れることになる。

追撃はもってのほかだ。

分散させた部隊を集めて追撃戦に移行しようとしている最中に、反攻を受けることになるだろう。

クロヴィスがそんな好機をみすみす逃すはずがない。


 ならば活路はレオポルト要塞方面にある。

作戦が上手くいっていれば、中央の敵軍は正面と側面から攻撃を受けていることになる。

そこにベアトリクス本隊が参戦すれば、敵中央は総崩れだろう。

そう彼女は思案した。


 仮に渡河に失敗したとしても、目前の敵を拘束するくらいはファン・フリートならできる。

側面から攻撃する部隊が、ファン・フリートではなく、ベアトリクスになるだけのこと。

どのみち優位な状況は生み出せる。


 彼女は決断を下した。

クロヴィス本隊を追わず、川沿いを進み中央へと進軍を開始した。


 立て直した本隊からの追撃を避けるため、迅速に道を突き進む。

歩兵主体の敵だから、一気に距離を離してしまえば大丈夫だと彼女は考えた。


脱落者を覚悟の上で夜風を切り、ベアトリクスは髪をなびかせる。

全軍で戦う必要はない。

いま大事なのは、敵に対するインパクトだ。


「敵は見えたぞ、続けぇぇぇ!」

 ベアトリクスは剣を抜き、我先に敵陣へと馬を走らせた。


 新たな敵を迎えることになったベルトレはその方角に向かって咆哮した。

「ここが死に場所と心得ろということか!」

 そう言うと、エレオノールを見た。

「君は逃げろ。主君の奥さんを死なせるわけにはいかん」

「ここには軍人として来たのです。おめおめと逃げろというのですか?」

「頑固者め」


 引き下がらないエレオノールに困っているベルトレの元に、伝令が息を切らして訪れた。

「ラグランジュ将軍から撤退せよとのご指示です」

「そうか、わかった」

 伝令に命令を受け取ったことを伝えると、エレオノールたちを見て言った。

「撤退だ! 生きて帰るぞ!」



******


 フランクール隊が突出したブラッケ隊を包囲することに成功した。

「同じ手に二度もかかるとは、所詮は猪武者か」

 包囲下で活路を開こうと、ブラッケは大剣を振るう。


しかし包囲網は確実に輪を狭めていく。

いかに兵力が多くとも、こうなってしまえば不利に立たされる。


 攻勢を一点に集中して突破を狙っても、勢いをいなすように後退して誘い込み、側面から袋叩きにする。

フランクールは後退と反撃のタイミングを完全に制御し、ベストなタイミングでブラッケを締め上げていく。


 そんな状況を頃合いと考え、フランクールは前に出て敵軍に向かって言った。

「いま武器を捨てて投降すれば、捕虜にせず南に返そう。命が惜しければ投降することだ」

 彼の言葉を聞いた、兵士は完全に心が折れた。

勝ち目が無く、死が待つだけの戦いを最後まで付き合うほど、彼らは狂っていない。


 次々に武器を捨て、包囲網の外に逃げていく兵士たちを見て、ブラッケは天を仰いだ。

「大事にしていた兵士に逃げられる気分はどうだ?」

「ちくしょおおおおおお!!!!!!」

 天に吠える彼を、フランクールは嘲笑した。

「愚者の最期に相応しい叫びだ」

 そう言った直後、ブラッケの眉間を矢が射抜いた。


 その光景を満足げに眺めているフランクールに、伝令がやってきた。

「撤退せよとのことです」

 フランクールはすぐにスエビ川の方を見た。

ボロボロになりつつも、秩序を保って退却しているクロヴィスとベルトレの部隊が、彼の視界に入った。

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