第66話 置かれた場所
クロヴィスは軍の撤退を完了させ、ジェロームに謁見して敗戦の報告をした。
報告を聞き終えると、ジェロームはゆっくりと口を開いた。
「その身に余るものを与えすぎたがゆえの敗北と、余は考えている。南部のラグランジュ公領は、帝国の直轄領とする」
敗北したクロヴィスは何も言い返すことはできない。
ジェロームに信用されていない。
クロヴィスはそのように感じた。
陛下を輔弼し、民衆のための政治をするために戦ってきた。
なのに意義のわからない戦争を戦わされ、そして今、忠誠の対象に信用されていないことを知らしめられている。
悔しさのあまり、クロヴィスは黙り、唇を噛んだ。
沈黙するクロヴィスに代わり、ウジューヌが反論した。
「お待ち下さい陛下。正規軍を失った今、国境を直轄領にするのは危険です」
ロンサール公が正規軍を南方に派遣し、ベアトリクスに撃破されて喪失したことを持ち出した。
帝国直属の軍事力を失ったことを指摘され、ジェロームは顔をしかめる。
「だが信賞必罰は明らかにしないといけない」
ウジューヌは顎髭を触りながらしばし考えて言った。
「今回の遠征で、逆賊の宿将ブラッケを討ち取っています。彼はデ・ローイ家に長年仕えていた重鎮です。それほどの人物を討てたのですから、その功で帳尻が取れるのではないでしょうか?」
返答に窮したジェロームは、黙り込んでしまった。
返事を促すようにウジューヌが続けた。
「現状、帝国には逆賊に対抗できる人物はラグランジュ公しかいません。どうかご再考を」
ジェロームは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「わかった。進言に従おう」
クロヴィスとウジューヌはジェロームの前から退出を許された。
「ラグランジュ公、私の別邸に来ないか?」
ウジューヌは首都で過ごす際に利用する邸宅に招待した。
「ええ、いいですよ」
招きに応じたクロヴィスは、ウジューヌと一緒に馬車に乗り、別邸の門をくぐった。
邸宅内に入ると、執事が人物が出向かえた。
「ウスターシュはどうしている?」
「宮殿に出かけております」
ウジューヌは首を傾げた。
いったい家の当主でも功績を立てたわけでもないウスターシュを招いてどうするつもりなのか。
彼には理解できない。
「まあいい、もしラグランジュ公と話しているときに帰ってきたら、所領に戻るように伝えてくれ」
指示を出して執事を出し、彼はクロヴィスを応接間に通した。
「楽にしてくれ」
ウジューヌは着席を促した。
クロヴィスが椅子に座ると、ウジューヌは神妙な顔になった。
「わかっているだろうが、陛下は貴殿のことを快く思っていない」
「ええ、わかっています」
面と向かって言われると、より現実を思い知らされる。
そのことを隠すこともできず、表情に出てしまった。
「忠義があるのはわかっている。そうでなければ、陛下を奉じてロンサール公と戦うことはなかっただろう」
「私は民衆のために在りたいと願い、陛下なら、この帝国なら信じてくれると思っています。父が逆賊であるにもかかわらず、私の命と貴族の地位は安堵していただきました。そんな国家に叛意を抱くはずがありません」
ウジューヌは彼の言葉を聞き、複雑な思いを抱いた。
今のジェロームは、いや、即位前から自分の地位にしか関心がない。
民衆のことは何も考えていない。
そのことを彼に言うべきか、ウジューヌはためらった。
クロヴィスの目は、純粋にジェロームを信じている。
そんな彼に、こんなことを言うことはできない。
「陛下の疑いの理由は、公が所領で行っている改革が原因だろう。所領の有力者が持つ土地の力を削り、役職という上の人間が統御できる力で補填する。だが持っている土地以上の力を持つことも叶う。反発を少なく抑えながら、集権化している。それを恐れているんだ」
「これは有力者が好き放題して、民衆を苦しめるのを阻止するためです」
クロヴィスは迷いなく答えた。
「新しい統治システム運営のために、役人や将軍を広く求めているそうじゃないか。いずれ巨大官僚組織になりかねない」
「それの何が問題なんですか?」
「新しい王朝を生み出す基盤にできる」
クロヴィスは呆気にとられた。
皇帝への忠誠と、民衆のための政治は両輪だから、この言葉をすぐに理解できなかった。
「私に取って代わる意思なんてありません!」
「わかっている。だが陛下はそれをわかっていないんだ」
「それなら、陛下が信任しているボワイエ公も、改革なされば良いじゃないですか」
ウジューヌは一息ついてぽつりと言った。
「若いな」
「どういうことですか?」
「理想に生きているなと思ったんだよ」
「理想を掲げ、それの実現を目指すことはいけないのですか?」
クロヴィスは否定されたと感じ、席を立ってウジューヌを見た。
彼は落ち着いてクロヴィスに着席を促した。
「すまない。決して否定しているわけじゃない。だが、周囲を見るべきだ。私も陛下も、改革を実行できるだけの力はない。反動を抑える軍事力も背景もないんだよ」
クロヴィスは腑に落ちていないと見て、ウジューヌは言葉を続けた。
「公は改革のためなら、陛下に土地を差し出すことができるかもしれない。だが、陛下は拒否して反乱を起こすことを考えるだろう。帝国の三分の一を所領にしている貴族だ。反旗を翻せば鎮圧は困難だろう。改革を考えていない今でも、既に反乱に恐怖して事を起こしかねない」
「事とは……?」
クロヴィスは息を呑んだ。
「暗殺だ」
「なぜ命を狙われなければいけないんですか!」
「強すぎるからだ!」
クロヴィスはショックを受けた。
弱小だった期間を長く過ごし、現状の自分を客観視できていなかった。
だからといってどうすればいいのか、それはわからない。
「この国にはラグランジュ公は必要だ。だから公を守る。改革をできない私が、せめてできることはこれくらいだ」
呆然としたクロヴィスは邸宅を後にした。
彼が門を出たところで、ウジューヌは呟いた。
「私だって理想に生きて殉じたいものだよ」
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