第64話 信用ゆえに

 ダヤンは馬で駆けながら剣を抜いた。

敵はすぐでクロヴィスと交戦している。

戦う準備に抜かりはない。


「突撃!」

切っ先を敵に向けて号令をかけた。

騎兵が地を駆け、敵陣の真横に飛び込んだ。


 予期せぬ来客に、ベアトリクスの手勢は混乱の渦中に投げ出された。

混乱する敵陣を、縦横無尽に駆け抜けていく。


この方面の渡河作戦はダヤンにより頓挫した。

「ダヤン、元々守っていたところにいくら兵を置いてきた?」

「五千人です」

 ダヤンの手勢は1万人なので、半数を置いてきたことになる。

「そうか」


今いる方面で、敵を撃退したということは、次はダヤンが元いた場所を狙う可能性が考えられる。

わざわざ守りの固いところを引き続き狙う意味はないのだから、当然の判断のはず。


 しかし、そんな読みやすい動きをするだろうか。

ダヤンを元の場所に戻したタイミングで、再び同じところを狙うことも考えられる。


「このままここに留まってくれ」

「かしこまりました」



 クロヴィスがダヤンに命令を出した頃、レオポルト要塞内では相談が行われていた。


「陽動部隊はここに押し返され、籠城側からの反攻と渡河には失敗とは、なんともひどい結果だ」

 机上の地図上に並べられた駒を見て、ベアトリクスはため息を就いた。

「兵力では依然優勢です。負けを認めるにはまだ早いですぞ」

 クライフはそう言うが、ボックに策を求められると、返答に窮してしまった。

かくいうボックにも策があるわけでもないのが現状である。


 思い雰囲気の中、ファン・フリートが口を開いた。

「陛下、先程攻撃を仕掛けた岸とは反対の岸を攻めてはいかがですか?」

「そんなこと、相手も読んでおるわ」

 クライフはすぐに反論したが、ベアトリクスが制止してファン・フリートに続きを話すよう促した。


「要塞には最低限の兵力だけ残し、反対の岸に攻撃を仕掛けるのです。ここは堅固なので、そう簡単には落ちません。それに相手の裏をかけるはずです」

「その根拠はあるのか?」

 クライフの質問にうなずいて答えた。

「先程攻撃を仕掛けたポイントに来た増援部隊は、その後動いたという報告はありません。敗退したところを二度も攻撃しないという先入観を逆手に取ったつもりでしょう」

「裏をかくどころか、裏の裏の裏だね。その作戦でいこう」


 ベアトリクスはファン・フリートに一万五千人の兵を与え、早速作戦を開始させた。



******


 エブロネス城からよく見えるところに、拘束された捕虜がずらりと並べられた。

「準備はできました」

 マネの報告に、フランクールは機嫌よくうなずいた。

「では伝えた通りに」

「かしこまりました」


 マネが捕虜の隣にいる人たちの命令を出すと、彼らは一斉に捕虜の耳を切り落とし始めた。

悲鳴が上がるが、フランクールは表情を全く変えない。


 耳を切り落とすと、今度は皮を剥ぎ始めた。

すぐに死ぬことはなく、ひたすら痛みが継続する。

血は流れ、むき出した肉の面積が広がるにつれて、悲鳴も大きくなっていく。


 フランクールは断末魔の叫びを上げる捕虜たちをバックに、城に向かって声を上げた。

「安全な城に籠もる者共よ、捕虜の叫びが聞こえるか! 貴様らの弱さがこの事態を招いた。臆病者らしく、そこから鼓舞しても無駄だ。こっちまで助けに来ないと、彼らは何も聞こえないし伝わらない! 兵士を守りたいという気持ちが一片でもあるのなら、ここまで来てみろ!」


 この様子を城壁から見ていたブラッケは、怒りに体を震わせた。

「出撃だ!」

 まなじりを上げ、目を見開いて命じる彼に、誰も反対できない。


幕僚たちはこれが罠だと分かっている。

兵力ではこちらが有利でも、敵は死地におびき出して徹底的に叩きのめすつもりでいるはず。

そうだとわかっていても、こうなっては止めようがない。


 ブラッケは兵士を愛し、だからこそ信頼される将軍だ。

そんな彼が出撃しないわけにはいかない。

幕僚たちは腹をくくった。


 エブロネス城の門が開いた。

喊声を上げて出撃する部隊の先頭に、ブラッケはいる。

大剣を握りしめ、迷いも恐れもなく敵陣へと疾走する。


「出撃するしかない。そうだよなあ」

 フランクールは人を自分の思った通りに動かすことができた快楽を味わっている。

悦楽に口元を緩ませながらも、総員に迎撃命令を下した。


 命令が下されると、皮を剥がれていた捕虜たちは首を落とされた。

途端に悲鳴は止み、喊声と地を蹴るが戦場に轟く。


 捕虜を始末して、そそくさと持ち場へと戻る兵士たちを見て、ブラッケはフランクールのいる方角へ向かって叫んだ。

「貴様を殺す! 慈悲もなく、苦しみを与えて殺す!」


 フランクールはその叫びを聞いて、ふっと笑った。

「できるといいな」

 そう言うと、彼はすぐに指示を出した。

防戦していた弓兵が下がり、長槍兵がそれに取って代わった。


 ブラッケは止まらない。

大剣を振り回し、来た道を斬殺された死体で舗装していく。


「卑劣な敵軍は崩れているぞ!」

 返り値を全身に浴びたブラッケが鼓舞した。


 フランクール隊は中央を突き崩され、中央突破を許しそうになっている。

指揮を執っているフランクールも、敵軍の喊声は大きく聞こえている。


「そろそろ頃合いだな」

 彼は余裕の笑みを浮かべた。

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