第46話 峠、死地と化す
「凡愚どもが」
ギュスターヴ・フランクール侯爵はぽつりと陣中で呟いた。
フランクール侯爵家はロンサール公爵家、シャンポリオン公爵家に次ぐ名門貴族として名高い一族である。
そんな家の若き当主である彼は、期待の俊英として、政治、軍事両面で期待されている。
たどり着くには隘路しかない、要塞化された砦に、何も考えず突撃するなどバカバカしい。
その愚かしさに気づいたと思ったら、今度は峠を回り込んで背後を取ろうとしている。
敵がそんなことを予測せずに峠に陣取るはずがないという発想がないのだろうか。
フランクールは自分が司令官ならどうするか考えた。
峠に敵を釘付けにしつつ、峠を回り込む部隊を歩兵と騎兵の二段階に分けて進ませる。
歩兵の第一陣は敵の伏兵を引きずり出す。
第一陣が戦闘になれば、騎兵の第二陣が戦場に急行して、その伏兵を叩く。
そして背後に回り込み敵を孤立させる。
そうまでしなくては勝てないというのに、自軍の上層部の中途半端さに嫌気が差した。
「凡愚どもでは、この戦いに勝機を見い出せないだろうな」
漆黒の前髪をかき上げながら言った。
「どうかしましたか?」
幕僚に声をかけられたが、彼は首を横に振って何でもない意思を示した。
フランクールの視線の先に、背後に回り込むべく進軍する別働隊の隊列がある。
「せいぜい死なないように頑張ることだな」
******
「他に道は無いのだから、敵はここを通るだろう。攻撃のタイミングは敵の半数がここを通過してからだ」
森の中でベルトレが配下に向かって指示している。
「さて、敵が近づいてくるぞ」
地面を踏みしめるたくさんの音が響く。
草葉に潜み、敵が通り過ぎていくのをじっと待つ。
「まだだ、まだだ……」
逸る気持ちを抑えるために、自分に言い聞かせる。
敵の半数が通り過ぎた。
ベルトレは勢いよく立ち上がり、全軍に号令を下した。
「突撃!」
剣を抜き、全軍が敵の中軸に突入していく。
不意を衝かれた別働隊は混乱に陥り、ろくな抵抗もできずに中央分断されてしまった。
ベルトレは部隊を二手に分けて、先行している敵軍と、後方に取り残された敵軍それぞれに攻撃を割り振った。
ベルトレ本人は止めていた馬にまたがり、退却しようとする後方の敵軍の追撃の指揮を執った。
「逃がすかぁあ!」
大剣を振るい、壊乱して逃げ出している敵兵を一人、また一人斬殺していく。
ベルトレが行くところに、死体は転がり、圧倒的な武勇を見せつける。
「このバケモノが!」
ひとりの兵士が馬上のベルトレの横腹めがけて槍を繰り出した。
「甘い!」
ベルトレは突き出された槍を見切り、剛腕でそれの柄を掴んだ。
「なっ!」
驚いて槍を腕から解放しようとするも、彼の剛腕はびくともせず、ぎゅっと力を込めて柄を粉砕し、槍が真っ二つに分割された。
「挑みかかった勇気は認めよう」
恐怖に支配されて動けなくなった兵士を、素早く的確に首を刎ねた。
ベルトレの武勇により、退却しようとした部隊は全滅し、先行した部隊は混乱と孤立の渦中に投げ込まれ、降伏に追い込まれた。
******
峠の戦線には動きが見られた。
攻撃に押されるように、守備隊が崩れ始め後退を開始した。
「よし、我が軍が押している。やはり数で押し切るのが正しかったようだな」
モントロン侯は嫌味らしく、幕僚を睨みつけた。
それから大して時間もかからず、峠を占領した。
「ここを抑えたのだから、勝利は近いぞ!」
初陣の勝利が見えた侯爵は、逃げていく敵を砦から見た。
その光景が彼の気持ちをさらに高揚させた。
「敵が逃げたのだから、ここの背後を取る必要はなくなったな。敵の領内深くに侵入するよう命令を出さなくては」
自分の采配が当たり、上機嫌で指示を出そうとしたその時、彼の元へ伝令が息を切らしながらやってきた。
「どうした?」
なんとか息を整えた伝令兵がようやく口を開いた。
「別働隊が撃破され、敵が背後に来てます!」
「どういうことだ!」
冷静でいようとするが、そうではいられない。
「敵軍に退路を絶たれたのです!」
どうしてこうなったのか、モントロン侯は考えるが理解が追いつかない。
優位に戦闘を進めていたはず。
だから峠から敵軍を追い払い、いまここにいるはずなのに。
とにかく事態を打破しなくてはいけない。
退却した目前の敵へ向かうか、それとも背後の敵軍を討つか。
「背後の安全を確保しましょう。数で我らが押しているはずです」
幕僚はそう言うけれども、不安がある。
今いる砦はモントロン侯が攻めた方面の守りは頑丈だが、その反対側は脆弱そのものになっている。
つまり南から来る敵を迎え撃つことを想定した作りになっている。
「いや、だめだ。ここに一万人の兵を置いて、残りは敵主力を追って攻撃する」
モントロン侯は敵地に向かって進撃することに勝機を見出した。
不安がる幕僚をよそに、彼は前進命令を出した。
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