第47話 自分の居場所

 十万人の大軍勢が平原に集結し、ベアトリクスは八万人の軍勢でそれと対峙した。

「敵の狙いはどこにあると思う?」

 ベアトリクスはオリヴィエに尋ねた。

「兵力差を生かした中央突破ではないでしょうか。左右両翼に互角の兵力をぶつけ、残りの兵力を中央に集中させて突破を図るでしょう」


ベアトリクスは左右中央均等に二万五千人ずつ配し、五千人をボックに預けてミランダ城に残している。

「でしょうね。最大五万人が中央に殺到してくることになる。こちらも守りを固めてはいるが……」

「敵も守りを固めてくるのはわかっているでしょう。そこにいくら犠牲が出ても惜しくない正規軍を投入するのではないでしょうか」


 ベアトリクスはにやりと笑った。

「エルベルト、武勲を立ててみたくないか?」

「ええ、もちろんですとも」

 単なる物見遊山で戦場に来たわけではない。

功名を求めてここに来た。


「まず兵力の配置を変える。中央、左翼からそれぞれ五千人を右翼に回す。左翼はファン・フリート、右翼はルクレールに任せる。エルベルトも彼の元で戦って欲しい」

 エルベルトは自分よりも年下のオリヴィエを見た。

「彼は若いが実戦経験も度胸も、なにより将軍としての才覚がある。安心して命を預けて欲しい」

「あ、ああ……」

 不安だが、実績ある彼女のお墨付きを得ているということで、自分を安心させた。


オリヴィエに従い右翼に布陣したが、やはり不安は拭えない。

そんな不安が顔に出て、彼はオリヴィエの幕僚であるクロエ・ファロに声をかけられた。

「若いですが、才能は今の主君に仕える以前から見てきた私が保証します」

 とは言われても、と言いたいところだが、何を言っても意味をなさないので、言葉を喉の奥に飲み込んだ。


「敵が来たぞ!」

 もうひとりの幕僚であるエタン・ブールが叫ぶ。

「左翼と中央が敵を引きつけている間に、我らが敵を粉砕しなくてはいけない。行くぞ!」

 湧き上がる喚声。

ここまでの戦闘で将兵の心は掴んでいるようだ。


 ステフェンは腰に佩いた剣を抜いた。

「どれ、鍛錬の成果を披露してみようか」


******


「五万人の正規軍を、敵の中央に突撃させて一点突破を図る。両翼には二万五千人ずつ配置するから、適当に戦っていればよい。犠牲になるのは中央の正規軍だけで十分だ」

 ファン・デル・ホルスト辺境伯は高笑いしてみせた。

「少ない犠牲で南方の覇者になれるとは痛快この上ない!」

 すでに勝った気でいる辺境伯は全軍に攻撃を命じた。


 しかし中央の正規軍は突撃を繰り返すが、ベアトリクスの頑強な抵抗に阻まれ、突破できる気配がない。

「奴らめ、やる気が無いのか。正規軍どもの背中に矢でも射ってけしかけてやれ」


 本陣から無数の矢が交戦中の正規軍の陣に降り注いだ。

威嚇程度なので被害はほぼ無いが、正規軍の兵士たちは恐怖に震えた。

「死んでも敵陣を突破しろということか!」

 正規軍の将軍は怒りを覚えた。


 敵陣の守りはかなり固く、突撃すればするだけ自軍の犠牲が増える一方。

物量で押し切る頃には消耗しきって、敵と共倒れになるかもしれない。

自分の命もない可能性がある。

将軍はそのことに体が震えた。


 死ぬのが怖いとか、そういうことではない。

ただ駒として消耗させられ、死んで打ち捨てられる。

そのことに恐怖と怒りを覚えている。

「こんな戦場で死ぬことほど無意味なことがあろうか」

 将軍は唇をギュッと噛み締めた。


その頃オリヴィエらは、数的優位を生かして、攻め立ててくる敵を押し返していた。

「敵はこちらの方が多勢だと気づいていなかったのだな」

 ブールが敵を薙ぎ払いながら言った。

「諜報不足。数に驕った模範的無能」

 ファロが敵将を冷たく評価しながら、敵兵を屠っていく。


「彼らは手練なのだな」

 二人を遠目に見ているエルベルトは感心した。

自らも剣で敵兵を二人ほどではないが、首級を上げている。


「豪華な装備だ。立派な将軍にちげぇねえ!」

 敵兵が群れをなしてエルベルトに襲いかかる。

「うわぁ!」

 思わず情けない声を出したが、敵の一撃を剣で受け止めた。

しかし多勢に無勢。

致命的な一撃が他の兵士から放たれようとしている。


「助けに来たぞ!」

 槍を振るい、敵兵を追い散らした。

オリヴィエが救援に来たようだ。


「手間を掛けさせて申し訳ない」

「気にすることはない」

 ぽんと肩を叩いて、オリヴィエは指揮に戻った。


 戦況はオリヴィエ率いる右翼が有利だ。

もうそろそろで攻勢に転じるだろう。


「邪魔にならないようにしなくてはな」

 エルベルトは自らの武芸のセンスの無さを痛感した。

自分にできることは何なのだろうか。

血潮渦巻く戦場には、自分の居場所はないように、彼は感じた。


「敵が押されているぞ、今こそ攻勢の好機! 突撃!」

 オリヴィエが先陣を切って敵陣に切り込んでいる。

後方でどっしりと構えているのではなく、自ら先鋒を務め、若さへの不安を感じさせずに鼓舞してるのだろう。

だから彼は将兵の心を掌握している。


 エルベルトは一人納得した。

自分は何をもって心を掴めるのだろうか。

エルベルトにはまだ、将来の自分がまだ見えていない。

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