第45話 下準備

 地上を雪が覆うようになり、野営しているロンサール公軍の兵士は、寒さが支配するカークス城近辺で年を越した。

その状況をロンサール公は看過していない。

「カークス城は二重の防壁だが、外縁部の城壁は破壊できた。あと少しで勝てるぞ」

 さらなる攻勢によって、戦闘の早期集結を厳命した。

「ですがここまでの戦闘で犠牲は大きくなっています。これ以上は士気の低下を招きます」

 ブランシェ伯は、焦りを覚えている主君に危険を感じた。


「敵兵は追い詰められているはずなのに、城壁の上で談笑しながら温かいスープを飲んでいるのですよ。こちらは全軍に温かい食事が行き渡っていないどころか、凍えているんですよ!」

「薪の供給が追いついていないのだから仕方ないではないか。冷たくても食事自体は行き渡っているのだから良いではないか」

 不愉快を絵に描いたような表情をブランシェ伯に向ける。


「ここまで来て撤退しろというのか?」

 ブランシェ伯は頷いた。

「ここまで犠牲を強いて、しかも厳冬となれば、カークス城から人も物資も引き上げてしまうという作戦を取られる可能性があります。敵の戦力で城の守りを考えない総攻撃となれば、包囲網は突破されるでしょう」

「雪で補給に苦しむということか」

 犠牲のことを無視したのが気になるが、ブランシェ伯は返事に相槌を打った。


 しばし考えた込んだ後、ロンサール公は口を開いた。

「近辺に展開している偵察部隊の数を減らし、包囲網に厚みを持たせる。本陣ももっと前に移そう」

「それは危険です!」

「ずっと奇襲を警戒しているが、敵兵を一人も見ないじゃないか。となれば、敵の意図は城外からの奇襲ではないということだ」

「ですが総大将自ら前線に移動するのはいかがなものかと」

「そこまで言うなら、ここの防衛兵力の一部を包囲軍に回そう。それでいいな?」

 ブランシェ伯はこれ以上反論することはできなかった。


******


「地下トンネルが開通したのか」

 マクシミリアンの報告に、クロヴィスは笑顔を浮かべた。

城の最上階にいる彼らからは、眼下の戦況がよく見える。

最終防衛ラインまで攻め上がられ、煙が城下より立ち上っている。

 だが彼らに悲壮感は微塵もない。

それどころか勝利を確信している。


「いくらの兵力を預けていただけますか?」

「三百だ」

「トンネルの狭さを考えればそれが妥当ですな。では本陣攻撃後はどうしましょう」

「後方の補給物資を焼き払うか、撤退だ。そこの判断は任せる」

「かしこまりました」


マクシミリアンが立ち上がろうとしたとき、部屋の扉が外れそうなほどに勢いよく開かれた。

「私も奇襲に参加させてもらう」

重装に身を包み、腰に剣を佩いた完全武装のエレオノールの姿があった。


「参加してもいいと言った以上しかたない。彼女も連れて行ってもらえるか?」

「麗しい女性を最前線にですか……」

 マクシミリアンは不服そうにしている。

「私のことは侯爵家の娘とか、そもそも女性と思わないで欲しい。戦場にいる以上は一人の兵士だ」

 有無を言わせない、強い意思を感じさせる目をマクシミリアンに向けた。

「ではそのようにさせてもらいますぞ」


 戦闘準備に取り掛かろうとしたマクシミリアンを、クロヴィスは制止した。

「先にやっておきたいことがある。ロンサール公の命令で出兵している貴族に、こっそりとこの手紙が届くようにして欲しい」

「密使ではだめなのですね?」

 クロヴィスは頷いた。

マクシミリアンは彼から数通の手紙を受け取ると、作戦遂行の準備に取り掛かった。


 その翌日、ロンサール公は一通の手紙を手にした。

「これはバロー男爵の元に届いた手紙なのだな?」

「はい。矢文という形で届いたそうです」

 ブランシェ伯はそう答えた。


「中身はラグランジュ伯が後方の物資集積地を奇襲することと、伯への寝返りを促し、集積地攻撃への参加を促していることだ。どう思うかね?」

 ブランシェ伯はどのように答えるか迷った。

敵の狙いはロンサール公と他の貴族との間に疑心暗鬼を引き起こすこと。

伏兵が全くいないので、奇襲はブラフだろうと彼は考えた。


 問題は前者にある。

参加している貴族軍を、スエビ川の戦いの時から消耗品のように扱っているため、不満は高まっているだろう。

敵の離間策とロンサール公を納得させても、他の貴族は手紙の扇動に乗るかもしれない。


「敵の離間策でしょう。手紙はいろんな貴族のところに届いているでしょうから、内容を真に受けて、疲弊した貴族が寝返るかもしれません」

「そうか……ではどうしたものか」

「消耗の大きい貴族を物資集積地の防衛に回しましょう。こちらがこんな手紙の内容を信じていない、信用しているという姿勢を示すのです」

「そうだな。城外に敵兵はいないのだから、奇襲は脅しで疑心暗鬼にさせることが狙いだろう。戦闘はないと言って安心させてやってくれ」


 消耗しきった貴族には効果的な言葉だろう。

ブランシェ伯も納得して連絡の任務を引き受けた。


 一方カークス城では、マクシミリアン率いる三百人の決死隊が、地中へ入ろうとしていた。

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