第28話 悪辣軍師

「公爵様、バカ正直に戦う必要なんて無いのですよ。爵位継承と領土保全を前提にした講和会議を開くと言っておびき出し、その場で殺してしまえばいいのです」

「シュヴァリエよ、平民の出の貴様にはわからないだろうが、大貴族たる者は堂々と正面から敵を打ち破るものだ。そのための大軍がここにある」

 ロンサール公は不機嫌そうにシュヴァリエと呼ばれた男に言い放った。

「恐れながら申し上げます。勝てば正義であります。屍を積み上げて得た勝利も、大将一人を殺して得た勝利も等しいものです」

「黙れ下郎! 平民出身のくせに予の隣に控える事ができる時点で過ぎたるものと言える。たまには己の身分をわきまえてはどうなんだ」

「……わかりました」


 目下で繰り広げられている戦闘をエブロネスの関所から眺めて、前日のやり取りを思い出している。

「駒というのは、必要なときにつぎ込んでこそ意味を成すというものを」

 視界に写っているのは、彼にとって無意味な殺し合いでしかない。


 彼の後ろを出撃が近いクロヴィスの兵士たちが歩いている。

急速に将軍として名声を高めているクロヴィスのことが、ふとシュヴァリエは気になった。

過去の功績から家の取り潰しは免れた反逆者の子。

どのような男であるか、彼は見定めることにした。


 通りがかりのクロヴィスを呼び止めて話しかけた。

「今回の戦い、どのように見ていますか?」

 クロヴィスはまたこの質問かと思わずうんざりしてしまった。

「兵力で勝るが、地の利は無いので難しい戦いですね。ところであなたは誰ですか?」

「申し遅れました。わたくし、ロンサール公の参謀のひとり、マティアス・シュヴァリエと申します。今回の戦いに確実に勝てる策を公爵様に進言をしたのですが、容れられなかったので、いま話題の将軍にお尋ねしたまでです」


 必勝の策というものに、クロヴィスは興味を覚えた。

「どのような進言をなさったのです?」

「偽りの講和会議にレディ・ベアトリクスを呼び出しその場で殺します」


 思わずクロヴィスの顔が歪んだ。

「外道だな」

「唯一の後継者を失えば敵の統制は失われ、内側から瓦解することは必至です。戦争など勝ちさえすればいいんですから手段は関係ありません」


 なるほど、これは進言が拒絶されるわけだと、思わずクロヴィスは察した。

「実を重んじすぎて、名を軽視しすぎでは」

「大義など後からついてきます。所詮は欲望や野望を覆い隠す帳でしかありません。それともラグランジュ伯はいたずらに犠牲を増やす今回の作戦を支持するのですか?」


 クロヴィスは返答に窮した。

作戦を支持しているわけではない。

だからといって、彼の意見を肯定する気にもなれなかった。

「ラグランジュ伯は何をなさりたいのですか? 権力のための戦いか、それとも……」

「民衆を豊かにする。それだけのことですよ」

「ならば玉座の主になるしかありませんね」

「なぜそうなるのです?」


 話が飛躍しすぎなのではないかとクロヴィスは思った。

「壮大なことを望むなら力が必要です。そのために武勲を挙げているのではないですか」

 クロヴィスは頷いた。

「ですがラグランジュ伯、あなたは自分の立場をわかっていない。あなたは逆賊の子なのですよ。どんなに取り繕ってもそれはどうにもなりません」

「功績を上げれば上げるほど、生まれも手伝って誰かの恨みを買うと言いたいのですか?」

「大体は合っています。逆賊の子という肩書が我が主どころか、いずれは皇帝をも畏怖させることになります」


 さらに話を続けようとするシュヴァリエを手で制した。

「私は陛下の股肱の臣でありたいと望んでいますよ」

「皇帝はそう思ってくれないでしょう。ラグランジュ伯の思いとは裏腹に、配下以外が敵に回っていくことは避けられないかと」

「私にどうしろと言いたいのです?」


 シュヴァリエはニヤリと毒々しさのある笑みを浮かべた。

「もう答えは言っていますよ。玉座に座ればいいのです」

「逆賊が!」

 クロヴィスの右手が剣の柄に添えられる。


「そう言うのなら、我が主を討つのが先ですよ。玉座を奪うために、対抗する力のある南方八旗を潰そうとしているのですから」

「もし本当なら、私は陛下を守るために、いつかロンサール公と戦うことになる。あなたとも戦場で相まみえることになる。なのに、なぜこんな話をした?」

 よくぞ聞いてくれたと言いたげな顔をクロヴィスに向けた。


「主君が玉座にふさわしくない、凡庸な男だからです。わたくしは王佐の才を存分に震える、かつ野心のある人物を皇帝として仰ぎたいのです」

「何が言いたい」

「玉座を奪うのです。あらゆる者共を敵に回し、己の名に置いて民衆救済の大義を実現するのです。欲だけが肥大化した凡庸なロンサール公でも、単なる老いぼれの皇帝でもない、あなたがするのです」


「望みはなんだ」

「わたくしを楽しませ、王佐の才を存分に振るう、それだけです」

 クロヴィスは剣の柄に添えた手を戻した。

「幕下に迎えよう。だが私の目的はこの国を正すことだ。簒奪など考えていない」

「マティアス・シュヴァリエ、その才と忠義を捧げます。いずれ至高の地位が必要になるその時に、この才が役に立つでしょう」

 彼は不敵な笑みをクロヴィスに見せた。

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