第27話 対岸の敵

 スエビ川で両軍が対峙している。

圧倒的大軍を擁するロンサール公軍であっても、橋が一本しかない地にあっては、その効果を発揮することができない。

ロンサール公は自家の紋章である、咆哮する獅子の旗を川岸に並べ、対岸を睨みつけた。


「例の辺境伯二人がこちらに味方することが前提の戦略は破綻しています。ここはもう力押しは困難といえます」

「何を言うか、数で押すことはできるじゃないか」

 ブランシェ伯の消極的な発言に、ロンサール公は不機嫌な態度を示した。

「波状攻撃をもって、敵を疲弊させて打ち破る。数があるからこそできる作戦だ」

「それではこちらの犠牲も大きすぎます。参戦している兵力は、すべて公爵の手勢ではないのですよ。多大な犠牲は彼らの信望を失うことに繋がります」

「勝てなければ余計に信望を損なうではないか。これ以上の反論は聞かん!」

 服を着た不機嫌が帷幄を出て、陣地の様子を見に出かけた。


「これではまずいな……」

 ブランシェ伯は暗澹とした気持ちを乗せてため息をついた。

ここまでのベアトリクスの戦いを見れば、単純な力押しで勝てる相手とは思えない。


 ふと彼は自分がクロヴィスの陣地の前に来ている事に気づいた。

活躍の目覚ましい若い貴族で、逆賊の子であることを負い目に感じている風に見えないと、彼は観察している。

負い目に感じるどころか、むしろ父親の志を継ごうとしているのではないかというぐらい、前向きに見える。


 シャンポリオン家の処遇を決める会議で顔を合わせたことはあるが、会話したことはない。

何かの縁だと思い、彼はクロヴィスの陣地を訪問した。


「ロンサール公からのご指示をお伝えに来たのですか?」

 傍らにいるリュカに下がるよう促しつつ、クロヴィスは訝しんだ。

ロンサール公の腹心中の腹心が、自ら陣地を訪れるなど、何か重大な連絡以外に考えられない。

「いや、そういうわけではございません。たまたま陣地の前を通りがかっただけです。それに陣容を自分の目で確認することもできます」


 理由を聞いて、クロヴィスは肩の力を抜いた。

「そういうことでしたらどうぞ見ていってください。万事遺漏なく準備を整えています」

 彼は自ら陣地を案内しようとしたが、ブランシェ伯はそれを手で制した。

「いや、これまでの戦いぶりを見れば、その言葉を聞いただけで十分です。それよりも、目前の敵の話をしましょう。なんでも士官学校の同期だったとか」


 この男は内通を疑っているのかと、クロヴィスは考えた。

しかしそれにしては聞き方が直接的すぎるように思われた。

警戒を緩めずに、彼と話をすることにした。


「彼女はどのようなお方でしたか?」

 ここで民衆を豊かにすることを、本気で考えている人物だと言うのは危険ではないのか。

けれども彼女の名誉を傷つけるようなことも言いたくない。

「私は伯爵殿が肯定的か、否定的か、どのように彼女を見ていたのか、気になっただけですよ」

 クロヴィスの心中を察したかのように言った。

「あの方は目を輝かせて民衆救済を謳う人物です」


「女性なれど士官学校に通い、いい成績で卒業する方は立派な志を持っていたのですね」

 過去形で語ったことに、クロヴィスは不快に思ったが、ブランシェ伯は意に介していない。

それどころか彼女を羨ましいと思いさえした。


 理不尽で絶望的な状況を前にしても諦めず、果敢に挑む彼女が羨ましい。

しかも先鋒を無名の若者が務めて、フルニエ伯を討ち取っている。

才覚を見抜いて信任し、抜擢された者がそれに応えている。


 翻ってロンサール公はどうか。

自らの利益を第一として、自分に付いてきている貴族や兵たちをないがしろにしている。


 それでもフルニエ伯は彼に仕えなければいけない。

彼の家は代々ロンサール公の腹心として仕えてきており、フルニエ伯もそのことに誇りと感謝の念を抱いている。

それはしがらみとなって、彼はどこにもいけなくなってしまっている。

今ある環境を少しでも良くするぐらいが、彼にできる精一杯のことだった。


「この戦い、どのように睨んでいますか?」

「数の利はこちらにありますが、地の利はあちらにありますね。無闇に突っ込むのは危険でしょう」

 クロヴィスの答えに、彼は頷くしかできない。

彼も同じことを思い、ロンサール公に進言したのだから。

「なるべく犠牲のでないようには、公爵様の方にもお耳に入れるようにはしています。武運のほどを祈っております」


 フルニエ伯はそそくさと出ていった。

クロヴィスにとっては謎の訪問であった。

結局真意はどこにあるのかわからなかった。

「リュカ、彼の訪問の意味はどう思う?」

 下がっていたリュカがクロヴィスの隣へ戻ってきた。

「わかりません」

「簡潔明瞭だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 リュカは冗談めかして言った。

クロヴィスは思わず笑ってしまった。


「伯爵のことはもういいだろう。考えても無駄だ。戦いに備えて休んだほうが有意義だ」

 リュカは笑って頷いた。

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