第29話 越えられない橋

「こんな戦いなど、ほどほどに戦うぐらいがちょうどいい。そうは思わないか?」

 クロヴィスは傍らのリュカに言った。

「いたずらに犠牲を増やすだけの戦いに意味などありませんね。ですがそれ以外の理由もあるのでしょう?」

「まあ……そうだな」


 彼の視線の先にはデ・ローイ軍が拠るレオポルト要塞がある。

今いるところと要塞の間には川があるだけ。

橋を渡ればいいだけの距離を、クロヴィスはもどかしく感じた。


 橋をロンサール公軍の兵隊が倒れている。

おびただしい犠牲を払って門を破壊し中へ突入しても、何重にも待ち受ける門のひとつに過ぎない。

城内にいる兵と狡猾な防衛機構によって、数の利を生かすことができず、城から叩き出されてしまう。

両軍ともに消耗しており、どちらが先に音を上げるかのチキンレースの様子を呈してきている。


 彼女はどうしているだろうか。

この戦いをどう見ているのだろうか。

彼はそのように気になってしまう。


「夜に渡河できるところから、小舟で渡ればよいものを」

 ベアトリクスへの想いとは別に、麾下の兵士は守らなければいけない。

最小の犠牲で最大の戦果を。


 ロンサール公の戦力なら複数の渡河ポイントから同時に攻撃を仕掛けることができるはず。

それをしないのは、将として怠慢ではないのか。

大半が直属の兵ではないから、船の建造費用をケチっているのではないのか。


 それに他の貴族の軍隊を消耗させ、麾下の兵隊は温存することができる。

それ以外にこの無意味な作戦に理由を見いだせなかった。


「シュヴァリエ。ロンサール公は今回の作戦意図を語っていなかったか?」

 上位の家に仕える人物であったままなら敬語で話し続けたが、今はそうではない。

クロヴィスの配下となったので、敬語をやめている。

「いえ、何も聞いておりません」

 そんな理由だとしても、さすがに言えるものではないだろう。


******


「南部より兵を連れてきましたよ」

 所領を没収した南方八旗三家の兵をブラッケが率いてベアトリクスの前にやってきた。

レオポルト要塞の門の前で、ベアトリクスは閲兵した。


「彼らを引き続き任せる」

「かしこまりました」

 ベアトリクスは何かを思いついた顔をした。

「これから大事な会議をする」


 場所を移し、会議室にベアトリクス、フェナ、ブラッケ、クライフ、ボック、ルイスが集まった。

「このまま戦闘が続けば消耗して負けてしまう。だから今日の夜に勝負を決めようと思う」

「して、作戦は?」

 眼帯と立派な顎ひげをたくわえたボックが尋ねた。

「要塞正面の敵を拘束しつつ、船でスエビ川を渡って敵陣を強襲する」

「強襲部隊の戦力はいかほどで?」

「三万人」


 一同は衝撃のあまりすぐに返事を返せなかった。

落ち着きを取り戻したクライフが、ベアトリクス以外が思った疑問点をぶつけた。

「そんな数を敵に悟られることなく一度に渡河など無理ですぞ! それにそれだけの人数を運べるだけの船の数はありません」

「クライフ将軍のおっしゃる通りです。実行するなら今すぐにでも船を建造して、後日にしましょう」


 フェナの進言を制した。

「船を建造していれば、いずれ敵にバレて意図を気づかれる。それとクライフ」

 クライフが彼女の目をじっと見据える。

「私は一度も三万人を一気に渡河させるとは言っていないよ」

「兵の逐次投入は愚策じゃが」

「わかっている。だから最初に接敵する強襲部隊は橋頭堡を築くだけじゃない。くさびを打ち込む働きが必要になる」


「では誰が先鋒をするのだね」

 皆が固唾を飲んでベアトリクスを見つめる。

「私が行くよ。家を滅ぼしかねない選択をした私が、きちんと責任を取らしてもらう」

「あまりにも危険です!」

 ブラッケが思わず声を荒げて彼女を止めようとする。

「もう決めたことなんだよ。橋を越えて敵を拘束するのはクライフに任せる。ここの防衛はボック、強襲部隊は二陣をブラッケ、三陣をファン・フリート。フェナはここの防衛を任せる。各自準備にかかれ!」

 一同席を立ち上がり、それぞれのすべきことに取り掛かった。


 会議室から誰もいなくなると、オリヴィエを呼び出した。

「何でございましょうか?」

「今日の夜、私と一緒に先鋒として敵陣を強襲する。いいね?」

 有無を言わさぬ強さで彼に命じた。

「私の片腕として、敵陣を荒らして回る。実戦で用兵を学んでもらう」


 自分の評価の高さにオリヴィエは驚いた。

「まだ仕えて間もない若輩者の私が、ですか?」

「そうだよ。君はいずれ一軍の将となる素質があると思う。あの奇襲はそう思わせるに十分なセンスがあった」

「恐縮です」

 買いかぶられたオリヴィエはむずがゆさを覚えた。


「でもまだ少部隊しか率いたことしかないのでしょ?」

 彼は頷いた。

「軍の動かし方を私の隣で学ぶんだよ」


 彼は心躍るものを感じた。

誰の侮りも受けないほどの武勲を立てたくて戦場に立ってきた。

降将ではなく、デ・ローイ家の将と認められたい。


「そばで用兵の真髄を学ばさせていただきます」

 敬礼をもって彼女に応えた。

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