第24話 勇敢な一撃
ベアトリクスはさらなる戦果を求めて進軍している。
日差しが隘路を行くように緑葉の間を抜け、地面へと降り注ぐ。
武装した兵士にとっては、心地よいどころか額を拭うほどの暑さを誘う。
馬上のベアトリクスは前方で騒がしくなっていることを確認した。
「敵襲か!」
彼女は剣を抜き、臨戦態勢をとった。
「敵の数は少ない! うろたえるな!」
敵の戦力をわかっているわけではないが、兵士たちを落ち着かせるために、真偽不明の檄を飛ばす。
刹那、矢が彼女の前をかすめた。
「新手のようです。私が迎撃に向かいます」
フェナが馬を走らせ、すぐそこまで来ている敵との交戦に出かけて行った。
まだ敵軍に秩序のある攻撃ができる部隊がいるとは。
ベアトリクスは自身の油断を反省した。
ルイス・ファン・フリートは決して敵を全滅させたわけではないのだ。
「大将首見つけたぞ!」
威勢のいい若武者の声が彼女のすぐ近くで響く。
天幕を破り去り、繰り出された一突きを、彼女は剣で振り払った。
「足止めと護衛の引き付け、そしてその隙を突く。それらをやってのけたわけだね」
彼女は奇襲を仕掛けてきた若武者に、冷静に言い放った。
「状況は見えているあたり、優れた将軍なのでしょう。惜しいことだが、ここでルクレール家当主オリヴィエの槍で討ち取られることとなる!」
彼の鋭い一撃が彼女の喉めがけて放たれる。
正確な攻撃を辛うじて避けることはできた。
しかしバランスを崩し、馬上から体を投げ出されてしまった。
オリヴィエはその隙を逃さない。
瞬時に繰り出される刺突。
腕の力で体を持ち上げ、オリヴィエの胴を蹴飛ばした。
蹴飛ばした力で起き上がり剣を構える。
よろめいたものの、オリヴィエはすぐに態勢を立て直した。
地面を蹴り、彼女との距離を一気に詰める。
ベアトリクスは距離を取ろうとするも間に合わない。
体をひねってなんとか攻撃を回避する。
鋭い突きは何度も繰り出され、ベアトリクスは守勢に立たされる。
これ以上はもう無理かもしれない。
彼女がそう思い始めたとき、状況はがらりと一転した。
「そこまでです! どこの誰かは知りませんが勇敢な若武者さん、お仲間はこちらの手にあります。投降を勧めます」
背後に兵士を引き連れたフェナが救援にやってきた。
「遅くなってすみません、間に合いましたか?」
「ええ、あと少しで手遅れになるところだったよ」
その兵士が縄で拘束された二人前に突き出した。
「エタン! クロエ!」
「すみません、任務遂行できませんでした」
軽口を叩く陽気なブールの姿はここにはない。
どこか冷たい眼差しを向けるファロの姿もない。
ここにいるのは士気を失った二人の虜囚だ。
「二人の命は保証できるか?」
「もちろんだ」
彼の問いにベアトリクスは大きくうなずいた。
答えを聞くやいなや、槍を地面に突き刺した。
「投降しよう。さあ、私の身は好きにしろ!」
「私の配下になれ。民を救う志を共に成し遂げてはみないか?」
「さっきまで首を狙っていた人間を配下にしたいとは、正気とは思えん。」
「いや、私は正気だよ。敵将を自軍に加えいれることぐらい、歴史上いくつも例がある」
オリヴィエは論破されて目をそらした。
「君の度胸、作戦どちらも評価しているよ。あと少しで首を取れていたのだから」
彼はふと疑問が浮かんだ。
「そこまで言っておきながら、槍術は評価しないとは心外だな」
「万人を率いる将に、一騎打ちの技術は必要ではないよ。勝利とは自分の得物じゃなくて、帷幄で掴み取るものだよ」
ああそうか、自分は大局でものを見ていなかったということか。
そのことを彼は痛感した。
「だから私は君の作戦を評価したんだよ。さ、配下になってもらおうか」
なんて強引な人なんだろう。
けれども純粋な人に思える。
民を救うという大義を本気で掲げ、それを心から信じている。
だから強引になる。
けれどそれは嫌な強引さではない。
どこかまだ見ぬ遠い所へ連れて行ってくれそうな期待感を抱かせてくれる。
「わかりました。配下になりましょう。お前たちもいいだろう?」
彼は虜囚二人を見た。
二人ともうなずいている。
「よかった。みんなの縄を解け! 次の戦いでは戦列に加わってもらおう。ところで名前は?」
「今更ですか……」
フェナが呆れている。
「オリヴィエ・ルクレールです」
「そうか、よろしくね!」
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