第25話 クロヴィス出陣

 色とりどりの野菜の畑がカークス城の前に広がっている。

従者に交じって、クロヴィスも収穫を手伝い、みずみずしい野菜たちを背負ったかごに入れていく。

強烈な日差しが土と従者とクロヴィスを熱する。


「準備ができました」

 リュカが遠征の準備が完了したことを伝えた。

「わかった」

 額の汗を拭い、気乗りしない返事をした。


「やはり気乗りしませんか」

「当たり前だ。レディ・ベアトリクスと戦争するんだから。ああ、もうレディを付けるのは無礼か」

「まだ正式に当主になったわけじゃないですよ。それに――」

「それにロンサール公は当主となることを認めていない。そうだろう?」

「惜しいです。認めない、ですよ」

 意地悪な笑顔を浮かべるリュカ。

「ああ、そうだったな……」


 道端に待たせていた馬にまたがり、リュカと軍が待機しているところへ向かった。

少し馬を走らせただけで、ラグランジュ家の家紋をあしらった軍旗の群れが見えてくる。

ちょっと前までは、旗の数はもっと少なかったのにと、彼は思った。

領土が何倍にも広がった今では、大軍を従える身となった。


 兵数が違えば戦い方も変わってくる。

進軍速度だって違ってくる。

自分に対応できるだろうか。

士官学校では学んだといえど、それは机上のこと。

実戦ではどうなるだろうか。


 不安を抱えて兵士たちの前に出るのはいけない。

戦わずして士気が下がってしまう。

「戦場で我らの武勇を轟かせよう!」

 響き渡る兵士たちの雄たけび。

地を揺らすほどの声を聞いたことがない。

これほどの数の人間の命を預かっていると思うと、気持ちがぎゅっと締まる心地がする。


******


 ロンサール公は動揺している。

まさか向こうから先手を打ってくるとは思っていなかった。

地形を考えれば守りに徹して、こちらの撤退を狙うものかと思っていた。

実際はどうだ。

先鋒を任せるはずだったフルニエ伯を撃破し、こちらに向かっているそうじゃないか。

しかもこちらに味方するはずだったベイレフェルト、ファン・デル・ホルスト両辺境伯は裏切って、こちら側の貴族に攻め込んできている。


「ベイレフェルト、ファン・デル・ホルスト軍に対応させるため、それぞれの方面に軍を送り込みました。まだ負けたわけじゃありません。最後に立っていた者が勝者なのです」

 腹心のブランシェ伯がなだめるが、苛立ちは収まらない。

両辺境伯の対応のため、こちらに来る予定だった帝国東西の貴族軍の来援はなくなった。

けれど北部の貴族軍がやってくるし、今いる戦力だけでもデ・ローイ軍を圧倒している。


 こちら側が主導権を握って、有利な状況なのに、この体たらくを許せない。

「デ・ローイ軍さえ打ち破れば、残りの者などどうとでもできます。枝葉の事柄に気を病むことはございません」

そうだ、その通りだ。

主戦場で負けたわけではない。

向かってくる軍を叩き潰してしまえばそれでいいんだ。


 ブランシェ伯が本陣の外で手短に会話したのち、すぐに戻ってきた。

「デ・ローイ軍のクライフ将軍と思われる人物率いる、二万人ほどの軍勢がこちらに急行しています」

「五倍以上あるこちらに正面から強襲か? しかしあまりにもひねりがなさすぎるな。何か策があるのだろう。四万人の兵力で迎え撃たせろ」

 ここで四万人を迎撃に向かわせても、敵の残りの戦力六万人よりも多い兵力を手元に残している。

何かしらの不測の事態が発生しても、問題なく対応できる。


「敵襲です、その数一万人とのことです」

 ブランシェ伯は冷静に伝える。

「二万人を迎撃に向かわせろ」

「いえ、これは敵の罠ではないでしょうか。こちらの兵力を分散させて、本陣を奇襲するのが敵の狙いだと思われます」

「こちらが最低限の兵力しか向かわせなかったら、敵の作戦は破綻するじゃないか。 それをわからないデ・ローイ伯ではないだろう」

「こちらの兵力にゆとりがあるから、負けないだけの兵力ではなく、勝てる兵力を送ると読んでいるはずです。ここで敵を叩いておかないと、地形的に防衛側が圧倒的に有利な場所で、死闘を演じることになりますから」


 ロンサール公がなおも進言を続けるブランシェ伯を遮ったとき、森の奥から地鳴りのような鬨の声が響き渡った。

「敵の主力か! いやそんな馬鹿な、大軍が森の中を突っ切って来るなど不可能だ!」

 ロンサール軍は完全に浮足立った。

「落ち着いてください! 大軍が道なき森を抜けるなど無理です。声と足音、鎧の音で数を多いように思わせているだけでしょう」


 そうは言うが、一度混乱に陥った大軍を建て直すことは難しい。

指揮官がどれほど冷静であったとしても、その声が届かない末端の兵士から、恐慌の霧と払うことはできない。

「ま、まもりを、守りを固めるんだ! 本陣への突入を許すんじゃない!」

 上ずった声で命令を出すが、かえって混乱を助長してしまう。

大軍でありながら、指揮官の首を射程に捉えられそうな事態に、ロンサール公は怒りと焦りを隠せないでいる。

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