第23話 若武者出陣
エブロネスの戦いの直前、大軍は整然と並び、主君の号令をじっと待っていた。
列の中にひときわ若い大隊の指揮官がいる。
彼の名前はオリヴィエ・ルクレール。
フルニエ伯領に拠点を構えている有力一族の当主である。
「君の父上が、救世の教団討伐戦で戦死して若くして継いだから、早く手柄を立てて 侮りを受けないようにしたいのだろう。だが君は若すぎる。まだ鍛錬を積むべきだ」
フルニエ伯がオリヴィエに諭すように言った。
オリヴィエはまなじりを上げて言う。
「武人として生を受けた以上、老いも若きもありません。戦場がある限り、我が身はそこに在ります」
その気迫にフルニエ伯はたじろいだ。
「わ、わかった。武運のあらんことを」
「よくあそこまで言ってのけましたね」
副将にして同郷のクロエ・ファロが言った。
肩口の高さに切り揃えられた黒髪をかき上げ、鋭利な眼差しを送る。
「当然のことを言ったまでだ」
「まあなんでも構いませんが」
冷淡に言い放つ彼女に、別の男がちくりと刺した。
「士気を上げたい戦闘前だというのに、そんなときでもツンツンするなんてかわいげないなあ」
「だまれブール」
ファロに制された男、エタン・ブールもまたオリヴィエの副将であり、同郷の人物である。
オリヴィエの部隊の兵士は彼の所領の出身なのはもちろんのこと、彼の脇を固める副将はみな幼馴染であり、同じところで学んでいる。
主君フルニエ伯の号令は下った。
右翼に属するオリヴィエらは敵軍の騎兵隊を迎え撃った。
ものすごい速度で迫る騎兵隊を前に、オリヴィエは鼓舞して士気を高める。
彼自身も槍を振るい騎兵と真っ向から立ち向かう。
正確な槍の一突きが、騎乗する兵士の急所を穿つ。
騎兵隊の攻撃は弱まり、撤退を始めた。
追撃の指示が下り、オリヴィエらも敵左翼への攻勢を開始したが、彼はこの状況をいぶかしんだ。
「あまりにも脆すぎる。これは罠だ」
「でしょうね」
ファロが手短に同意した。
「どうします? 死地と分かった上で攻撃しますか?」
「無謀と勇敢をはき違えてはいけない。ゆっくりと前進して、様子を窺いながら進軍する」
右翼後方をゆっくりと前進していると、前方で鬨の声と悲鳴が乱舞を始めた。
さらに側面からも弓矢は雨となって降り注ぐ。
「いったいどうなってるんだ! 敵は右翼全てを罠にかけたということか!」
「状況はわからんがそうなんでしょうね!」
ブールがやけくそ気味に返事をした。
「右翼全体の陣形は崩壊してます。敵の攻勢も始まってます」
ファロは淡々と状況を伝える。
「早馬を走らせているが、指揮官との連絡がつかない。もはや独断で動かないと、ここで全滅してしまう」
功名野心がこんな辺境で何も成すことなく、何も残すことなく埋もれてしまう。
何のために武人として生まれたというのか。
犬死になど馬鹿馬鹿しい。
「この場を離脱し、中央との合流を図る。転進せよ!」
なんとか秩序がまだ残っているうちに、全力で死地を切り抜けるべく、槍を存分に振るう。
電光石火の突きを繰り出し、敵兵を突き刺し、蹴り飛ばして穂先を引き抜く。
幾人もの兵士が行く手を阻むも、槍で薙ぎ払い屍山血河を踏み越える。
「中央はどうなってるんだ!」
ようやく混乱から抜けたかと思えば、中央も恐慌状態に陥り、そこに秩序などありそうにない。
「中央に行っても、さっきと何も変わりませんな」
「まったくその通りだ」
ブールの言葉に力なく同意する。
「戦場から離脱し、山中に身をひそめる」
「増援が来るまで待機するということですね」
「いや、敵が勝利して山中の隘路を抜けようとするときに、本陣を強襲する」
「それならおとなしく撤退した方がいいのでは? 無謀と勇敢をはき違えていませんか?」
ファロの怜悧な目線がオリヴィエを捉える。
「無謀ではない。勝った後が最も油断している時。ならばそれを狙うだけのこと。さっきの戦闘で多くの兵士を失ったが、不意を衝く強襲作戦なら勝算はある」
「功名心ここに極まれりね。行くところはどこにもないのだから、早く予想進路上の山に行きましょう」
「話に乗るとは意外だな」
「これも腐れ縁、ならば貴方に従うだけです」
呆れたように口にした。
山中に潜んでいるうちに戦闘は終結し、デ・ローイ伯軍は本隊と合流してから、翌日に進軍を開始した。
デ・ローイ伯軍の動きをオリヴィエたちは注視している。
「攻撃タイミングはここを総大将が通過するときだ。まずクロエが総大将の部隊の前方を遮り、動きを止める。そして残りで総大将の首を狙う」
「兵を分けるにしても、手勢はほとんどいないがね」
ブールが自嘲的に言う。
「だから個々の力が重要になる。ではみんな、存分にその武勇を見せてくれ」
「しかたがない」
「手柄はちゃんと山分けしてくださいね」
それぞれのリアクションを示し、各自攻撃態勢についた。
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