第12話 虚勢と勇気

 敗戦の結果はシャンポリオン公セドリックの耳にも入った。

御年おんとし二九歳の若い当主は、綺麗に整えられた口ひげを怒りで震わせた。

神経質なまでに整調したひげが震える様は、ある種の芸術を思わせる。

帝国を代表する大貴族の軍隊が、謀反人の息子に敗れたことが許せない。


 社交界でも政界でも年齢故に侮られぬように努力してきた。

自身と家門の実力を誇示すべく、賊軍が占領した地域を再分配した。

ロンサール公が軍を動かしても、事前に根回ししておいた南方八旗や皇帝周辺を駆使して、公を賊軍に仕立て上げたうえで、南方八旗含めた大軍で叩きのめす。

セドリックの名は歴史に深く刻まれ、帝政を壟断ろうだんできるだろう。


 しかし敗北を突き付けられたのが現実。

いま根回しの成果を披露しても、負けているから助けてほしいと乞うているように映る。

ロンサール公と互角の勝負をした状態で、策を発動しなくてはいけない。

そうでもしないと、示威のために領土分配を独断で行った意味がなくなってしまう。


 こうなった以上、失態を取り繕う方法はこれしかない。

「私が出陣する! 速やかに仕度せよ!」

 背の低い身体をごまかすように、腕を大きく広げて大げさにアピールしてみせた。


 一目で最高司令官だと分かる金色の武具を身に着け、毛並みのよい白馬にまたがり、全軍に号令した。

「わが征くとこに勝利はある。進め!」

 二万人を号する大軍が歩を進めだした。

シャンポリオン家の紋章である、立ち上がった熊の旗が翻る。


 ここまで威勢のいい掛け声をしているシャンポリオン公だが、その心中は不安でごった返している。

なにしろ彼は指揮を執ったことがないのだ。

しかしロンサール公爵家と並び立つ帝国二大貴族として、弱気なところは見せられない。

軍神のように振る舞い、兵士たちの士気を鼓舞する。

そして圧倒的大軍で敵を粉砕する。


 何も恐れることはない。

大軍に兵法なしと言うではないか。

会敵すれば戦女神が天から、勝利のリンゴを放り投げてくれる。

それをおいしくいただこう。

暴風吹き荒れる心をなだめた。


 大軍を迎え撃つ側になるクロヴィスは、公爵領各地の農村に少数の兵を送り、食料を集めて回らせていた。

当然略奪でも恫喝でもない。

家々を回り物腰低く、供出できるものはないかと尋ねさせた。


 集まり具合は決していいわけではないが、悲しいほど少ない量でもない。

当面は何とかなりそうな量だ。

各自の自主性に任せた収集方法の効果は確かにあった。


 食料の集まり具合と、二万の大軍接近の報告を聞きつつ、クロヴィス、リュカ、ベルトレが帷幄いあくで作戦会議を始めた。

「ベルトレ、先の戦闘はよくやってくれた。おかげで長期戦を回避できた」

「近づいて燃やす、そして逃げる。それだけのことです」

 ベルトレは謙遜してみせた。

「今度は二万ですか……」

 リュカは嘆息した。


 動員能力の違いをむずむざと見せつけられている。

三人はそんな気がしてならない。

重い空気がたれ込める中、ベルトレが口を開いた。

「敵の指揮官は当主自身なのでしょう? それは自分が出陣しなきゃいけないほど追い詰められているってことじゃないですかね」

 二人は表情を好転させた。


 大貴族ともなれば、戦に自信のある人でない限り、そうそう自分が陣頭に立たない。

大抵は配下の軍事に明るい貴族に指揮を任せている。

例えばロベールもそのひとりだ。

戦場を知らないシャンポリオン公自ら出てきたということは、実は彼が追い詰められているというのではと、ベルトレは指摘したのだ。


 そして格下貴族相手に長々と戦わない。

持久戦ではなく、短期決戦を仕掛けてくる公算が極めて高い。

もっとも、クロヴィスの補給事情を知っていても、シャンポリオン公は持久戦を選ばないだろう。

クロヴィスの自壊を待っている間に、自身の権威がすり減っている心地を覚えて、動き出さずにはいられない。


「長期戦を回避できそうなのはわかったが、戦場によさそうなところはあるのか?」

「この先に渓谷があります」

 リュカが間髪を入れずに答えた。

「では渓谷の出入り口付近に布陣し、渓谷を抜けてきたところを袋叩きにするのがセオリーだな。渓谷を通過している最中も弓で攻撃したいのだが、崖の上に上ることはできるか?」

「西側の崖には山頂に至る道が近くにあります。東側は登山口が遠すぎて現実的ではありません」


 クロヴィスが納得したようにうなずいた。

彼の銀髪がふわりと揺れる。

勝利の女神がどちらに果実を投げ入れるか迷っているかのように。



「じゃあ西側の崖を、手勢で確保しておきましょう。通過してくる連中に悪夢を見せてやりますよ。崖を奪取しようものなら、得物で葬るまで」

 ベルトレは豪快に笑いながら、不敵さを誇示した。

この任は自分にこそふさわしいと言いたげに。

「わかった。ベルトレに任せる。貴公の武勇に期待する」

「任せておけ」と言い残し、彼は帷幄を出て行った。


「さて、敵はおとなしく死地へやってきてくれるかな」

 もしかしたら知らない迂回路があるかもしれない。

無知は死地への案内人。

情報の範囲内で万全を期しても、情報に洩れがあれば意味がない。


 思い出したようにリュカが口を開いた。

「敵の指揮官のシャンポリオン公セドリックは指揮の経験がないので、兵法については全くの未知数です」

 吉か凶か、いずれと判断すればいいのかわからない。

稀代の名将かもしれないし、とんでもない愚将かもしれない。

振れ幅の大きい情報の扱いにクロヴィスは戸惑った。

「こちらはできることをする。それだけのことだよ」

 そう言うだけで精一杯だった。

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