第10話 神速を尊ぶ
静寂は唐突に破られた。
軽装の歩兵が森を抜け、何一つ身構えていなかった領主たちの所領を制圧した。
彼らにとって戦争は、西部にいる教団軍残党の討伐であり、それも自分たちよりも権力のある貴族たちの話に過ぎない。
にもかかわらず、降伏文書に署名を余儀なくされている。
日常の中に不躾に非日常を投げつけられた心地だろう。
クロヴィスは作戦通りに、小領主たちを電撃的に屈服させることができ、ひとまず安堵した。
あとは全力をもって、シャンポリオン公の領内に進撃するだけだ。
公の領土との境界の村に集結するように、各地に通達した。
次の日には移動を開始し、その日のうちに続々と戦力が集まってきた。
別動隊を率いて、占領作戦に参加したリュカやベルトレもそのうちに含まれる。
夕日に照らされた小高い丘で、二人とクロヴィスは会議を開いた。
「シャンポリオン公の軍隊の動きはいかがですか?」
リュカが尋ねた。
「偵察の情報によると、公の腹心ロベール将軍が推定で一万人ほどを率いてこちらに向かっているらしい。一週間でここに到達するだろう」
クロヴィスの戦力は私兵二千人、元正規軍三千人、占領下の領主から奪った私兵三千人の計八千人である。
この時点ですでに補給はひっ迫していて、早急に戦いを終わらせるか、敵の補給拠点を略奪するしかない。
三人ともそれはわかっている。
いちいち言語化するまでもない。
補給のことは暗黙の了解として話を進めた。
「規模と進軍速度がわかっているなら、接敵もどのあたりか、見当はついているのだろう?」
ベルトレが結論を急かすように聞いた。
「もちろんだ。明日から進軍した場合、川になるだろう。都合がいいことに、川の背後には森がある」
「数で劣るこちらとしては、ありがたいものですな」
「そのような戦場の危険性は、敵もわかっているはずです」
リュカの指摘に一同は少し沈黙した。
それを破ったのはクロヴィスだ。
「危険を冒してでも攻撃せざるを得ない状況にすればいい。例えば補給拠点を焼き払うとか」
長期戦を不可能にして、短期決戦に誘い込もうという算段だ。
それをするには、補給拠点がどこなのか見つけ出す必要がある。
「補給物資の集積場所は、会敵してからじゃないと定まらない。少数の兵で川を越えて、布陣を確認してからどこか探します」
ベルトレが任せろとばかりに、自分の胸を叩いてみせた。
「わかった。兵を選抜して、今日中にここを発ってくれ」
******
ロベールは急な遠征にうんざりしている。
敗れた小領主たちは、何をやっていたのかという思いは拭えない。
攻めこまれる前に兵力が境界に集中していることに気づかなかったのか。
そもそも私兵は軍備を怠っていたのではないか。
自分たちと同等の貴族なのだから、兵力では大して変わらないはず。
しかも複数の貴族に同時攻撃したので、それぞれに差し向けられた兵力は少ないから、迎撃は容易にできる。
負ける理由なんてどこにもない。
さらにシャンポリオン公から、速やかに撃破するように言い含められた。
ロンサール公の動きが不穏な上に、北部のロンサール公派が攻めてきたからだろう。
情勢が読めないのだから、極力動かせる兵力は多い方がいい。
弱小貴族に手間取る時間なんてない。
弱小とはいえ兵力は知っておきたい。
「敵の戦力はどれぐらいだ」
傍らで馬を並べている参謀に尋ねた。
「あの程度の規模の貴族なら、二千人ほどでしょう」
正確な戦力を知るために、偵察隊を送るべきか。
所詮弱小貴族なのだから、参謀の言った数字で間違いないだろう。
もしもロンサール公や、北部の敵対貴族が援軍を送っていればこちらが気づく。
ただ気になる情報もある。
正規軍の一部が消えたらしい。
「らしい」というのは、誰がどれだけの兵力を持ち逃げしたのかわからないからだ。
ロンサール公が絡んでいることは察しているので、クロヴィスが正規軍持ち逃げの犯人の可能性が高い。
「偵察を送ってくれ」
「かしこまりました」
ロベールが偵察を送り込んでいる頃、クロヴィスはシャンポリオン公領に侵攻し、占領した辺境の村々から食料を徴発した。
「やむを得ないとはいえ、こんなことはしたくないな」
集まった食料を見て、クロヴィスはこめかみを押さえた。
「綺麗事を言うにも、力が必要です。我々にそんなものは無い以上、こうするほかありません」
民のためという理想を知っているリュカにとっても、あまりいい気分ではない。
それをわかっているため、リュカはクロヴィスの目を見れなかった。
それでもリュカは主君のために、冷酷になる必要性を感じている。
「食料を集めはしましたが、全然足りませんね。勝利して、進軍ついでに今みたいに占領地から徴発するのがいいでしょう」
リュカの意見に従うしか選択肢はない。
「わかった。そうしよう」
クロヴィスは現実と理想の間で苦しみを覚えた。
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