第9話 騒々しい嵐の前

 華々しい社交界に縁のなかったクロヴィスにとって、舞踏会のような貴族らしいところは新鮮である前に、多大な緊張が伴う。

こういう時こそリュカがそばにいると安心できるのだが、身分の問題で参加することができない。


 代わりに豪奢なドレスを身にまとったベアトリクスがいる。

ここは舞踏会、踊らないわけにはいかない。


 ベアトリクスへ近づくと、彼女はクロヴィスに気づいた。

周囲にいた人たちの輪から抜け出し、ベアトリクスはクロヴィスの手を取った。


「まさかレディがリードするんですか?」

「踊れないのかもと思ってね」

 ベアトリクスが挑発的にクスッと笑う。


「貧乏ですが、一応貴族ですよ」

 ダンスぐらいは貴族の嗜みとして心得ている。

彼女の手を取り、悠然と踊る。


「まだ反乱を完全に鎮圧したわけじゃないのに、こんなところにいるのは、なんだか落ち着かないね」

 救世の教団の主力軍は壊滅させたものの、残党は存在するし、指導者も生きている。

「指導者の名はなんでしたっけ」


 よからぬ宗教勢力が反乱を起こしたとしか聞いておらず、指導者の名前をクロヴィスは知らない。

下々にまで連絡が行き渡らない杜撰さが、この国の腐敗の一端を垣間見させる。

「フランソワ・ダルトワ。農民の生まれらしい」

 困窮が極まり、狂気に身を委ねるしかなかったのだろうか。

苦しむ民衆は救わなければという気持ちを、クロヴィスは新たにした。


 そういえば今後彼女はどうするのか。

クロヴィスはふと思った。

「この後どうするのですか?」

「領土に戻るよ。領内も何かと問題抱えてるからね」

 彼女は次の辺境伯を継ぐ人物だが、女性という理由で、周囲の貴族の反発が予想される。

事前の根回しや、法的根拠を用意するのだろう。


 ともかく彼女は今回の反乱の件から離れる。

クロヴィスも中途半端な状況で離脱したくはないが、そういうわけにいかない。

正規軍から兵隊を引き抜かなけらばいけない。


******


 舞踏会の翌日、クロヴィスの手元にある正規軍が、作戦終了により指揮下から離れるギリギリのタイミングで、領内への帰途についた。


「これで兵力は確保できましたね」

 リュカがニコニコしながら言う。

この先に命運を賭けた戦いが待ち受けている。

その高ぶりが笑顔として発露した。


 兵力を確保したものの、クロヴィスの領内で賄える以上の戦力を抱えてしまった。

そのために方々へ金策に走り、速やかに開戦しなければいけない。


「おそろしくリスキーな道を選んでしまった」

「後悔しているのですか?」

「まさか」

 クロヴィスは笑って答えた。

「これくらいやらないと、現状を打開なんてできないだろうからね」


 一週間で領内へ帰還すると、マクシミリアンからロンサール公の早馬が来たことを告げられた。

「正規軍の無断行動については不問にしたとのことが」

 マクシミリアンが困惑した表情で伝えた。

「いったい何をしたのです? もしかして連れてきた大軍は、そういうことなんですか?」

「そういうことだ。何もはからずに事を運んだことはすまない」

「困った坊っちゃんですな」

 表情が迷子になりながらも、状況を認識し、クロヴィスを支えることを誓った。


 マクシミリアンは迅速な金策に走り、クロヴィスとリュカは兵の配置と作戦を話し合った。

「兵力や物資のことを考えると、機動力でシャンポリオン公派の小貴族を撃破し、最大で二度の大戦闘で決着をつけるしかない。これ以上はこちらがもたない」

 リュカはそれに頷いた。

「それなら軽装による奇襲を行いましょう」

 

 機動力なら騎馬が一番優秀だが、訓練を受けていない正規軍の兵隊では扱うことができない。

今度の戦争はロンサール公が主力なので、クロヴィス側の作戦開始日時を公爵と北部のロンサール公派に、早馬を飛ばして連絡した。


 独断の領土分配を大義名分にしているため、分配が既成事実にならないうちに開戦しなければいけない。

そして物資の問題で、不利を承知の上で自分たちのタイミングで戦いを始める必要がある。

ロンサール公が大軍を動かすので、迅速な行動に応じられないとしてもだ。


 太陽が大地を焼き尽くさんばかりの熱射を放つ八月、クロヴィス率いる軍隊が作戦開始を命令した。

舞踏会からわずか1か月と数日という、わずかな準備期間をもって開戦に踏み切った。

「汝らは私、ラグランジュ伯の兵隊だ。より良き待遇とより良き生活、それをラグランジュの名において約束する。汝らの忠誠と勇戦を求める」

 クロヴィスは兵士たちを前で誓った。


 それに歓喜の雄たけびをもって兵士たちは答えた。

彼らはすでに実績を示しているクロヴィスを信じている。


地を震わせ、天にこだまする歓声に、クロヴィスは勝利を胸の奥で確信した。

彼らを率いて負けるわけがない。

そう思わせるだけの力強さを彼らは見せた。

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