第8話 褒美の在り処

 クロヴィスが大戦果を挙げた翌日、ベアトリクスは上官であるロンサール公の指揮下で、敵の後背を取り、決定的な打撃を与えた。

教団軍の主力は壊滅し、半年で東部を回復したものの、反乱は各地に飛び火し、残党が跋扈することとなった。


 しかし、帝都エティエンヌのアポリーヌ宮殿での論功行賞を目前に、礼服に身を包んだクロヴィスは口をへの字にしている。

「あれだけ頑張ったというのに、土地をくれないとはどういうことだ」

「仕方がありません。大貴族は自分に従っている者にしか、恩恵を与えないものです」

「そうやって手なずけて勢力を拡大していくということか」

リュカがうなずいた。


「東部の諸侯は反乱の責任を取らされて、北部のシャンポリオン公に所領を没収されているそうだね。それで自分に戦前から手懐けていた貴族に土地を分け与えるということか」

 クロヴィスの機嫌はさらに傾き、大きなため息をついた。


「そうがっかりしないでくださいよ。爵位が上がるんですよ。こんなこと滅多にないんですから」

 クロヴィスは今回の戦いで、反乱軍壊滅のきっかけを作ったとして、伯爵になることが決まっている。


「それはそうだが、今回の論功行賞は大貴族が仕切りすぎている。そうだ、陛下に直談判してはどうだろうか。大貴族の横暴には、陛下も胸を痛めておられることだろう」

「まったくの無意味です」

 リュカがクロヴィスの案を一蹴した。

「陛下は大貴族を統御できるだけの力はありません。この国は大貴族の勢力の拮抗によって維持されているのです。陛下は玉座に腰かけた象徴でしかありません」

「つまり傀儡か」


 クロヴィスは嘆息した。

この国の権力の実態に、あきれてしまったのだ。

「早く上にのし上がって、陛下を輔弼ほひつして現状を改めねばな」

「腐敗した権力は一掃しないとですね」


 クロヴィスはリュカの返事にうなずいて、式典会場へと向かった。

爵位を持たないリュカは参加することができないので、彼だけは控室で待つことになった。


 クロヴィスは会場に入ると、きらびやかなシャンデリアや、豪奢な服に身を包んだ貴族たちに圧倒されてしまった。

自分の知らない世界に踏み込んでしまった緊張感が彼を包み込む。


 彼は足早に会場の前列に座った。

不慣れな場所で、しかも本日の主役のひとりであるため、居住まいの悪さを覚えてしまう。


 同じ列にベアトリクスの姿を見た。

彼女も勲章をもらうために、ここに来ているのだ。

しかし多大な戦果を挙げたにもかかわらず、爵位は据え置きというところを見ると、南方に強大な勢力を持つ辺境伯たちは警戒されていることがわかる。


 彼女に話しかけたいと思ったが、式典が始まる直前だ。

今はできない。

式典後の晩餐会でその機会はあるだろう。


 気まずさを抱えて待っていると、司会が式典の開始を告げた。

模範的な挨拶を済ませると、礼服に身を包んだ皇帝フランソワ三世が姿を現した。

頭髪は真っ白で、しょぼくれた顔の老いた男がやってきた。

荘厳な衣装と覇気のない容姿の対比が歩いている。


  一同起立で出迎え敬礼をした。

皇帝が着座すると、列席者もそれに合わせた。


 式は何事もなく進行し、クロヴィスには伯爵の証である、つばにアメジストが埋め込まれた短剣が与えられた。


 式典終了後はリュカの待つ控室に行き、さっそくもらった短剣を見せた。

「綺麗ですね」

 二人とも宝石なんてほとんど手に取って間近で見たことがない。


 しげしげと短剣を眺めていると、扉がノックされた。

リュカが扉を開けると、ロンサール公爵家の当主フィリップの姿があった。

「突然ですまないね」

 家格も爵位も何もかもが上の来客に、二人は恐怖と困惑が心に同居した気分を味わった。


「不意な訪問で申し訳ないだろうから、単刀直入に聞こう」

 二人の困惑をよそにロンサール公は話を切り出した。

「今回の領土分配に満足しているか?」

 シャンポリオン公の独断での領土分配に不満を覚えている。

クロヴィスはそう直感した。

「下級貴族の身なので土地をいただけず、大変嘆かわしく思っております」


 ロンサール公がにやりと笑みを見せた気がした。

「シャンポリオン公の勝手な振る舞いは許されるものではない。私は公正に領土を分配するつもりだ。もちろんラグランジュ伯にも相応の領土が約束される」

「シャンポリオン公と争うおつもりですか?」

 きな臭さが漂い始めた。

「シャンポリオン公が引くなら何も起きない。強情でいるなら、公の本拠地侵攻を含めた、血の報いもありうる」

 脅しでもなんでもなく、本気で戦争を示唆した。


「ロンサール公の味方は東部、もしくは北部にいますか?」

 彼は中央に拠点を構えている貴族であり、西部も北部も遠い。

「今回の反乱で没落した貴族と、反シャンポリオン公系の北部の貴族がいる」


 北部のロンサール公系貴族など、数はたかが知れている。

東部の没落貴族など、もはや土地を持たず大した戦力ではない。

ロンサール公は味方が多いように見せかけているだけだと、クロヴィスは見抜いた。


「北部の領土は切り取り自由なら味方として馳せ参じましょう」

 この状況なら、大きく出ても大丈夫だと判断した。

自分の決断が正しいかどうか、その答えが出るのを、つばを飲んで待った。


 ロンサール公は腕を組んでしばし考えたのちに、高らかに笑いだした。

「ほう、公から多くの土地を占領できる自信があるというのか。ならその条件を飲もう」

 二人は握手を交わした。


 ロンサール公が退出すると、リュカが心配そうな目で尋ねた。

「勝てる見込みはあるんですか?」

 クロヴィスもこの質問は予期している。

「まずシャンポリオン公は独断で土地を分配したから、それを正すという大義がある。それに遠方のロンサール公が攻撃してくるとは思っていないだろう。だからこそ独断でこんなことができたんだ」

 クロヴィスは緒戦を奇襲で優位に進めるつもりでいる。


「ですが兵力はどうしますか? 手持ちの私兵では足りませんよ」

「正規軍の兵士に、農地を‘反乱討伐’の功績として与えるという条件で、領土まで連れてくる。なかなかよい条件と思うが」

 士気の低い正規軍の兵士を高ぶらせるには十分な条件だと、リュカは確信した。

「それはいいですね。彼らの食糧は借金してでも買い集めておきましょう」

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