第7話 血風、夜風に吹く

 敵陣中枢への道は開かれた。

目指すべき敵陣を、かがり火が照らし出している。


「待機しますか? さらに攻撃しますか?」

 リュカが尋ねた。

ここの陣地の奇襲を命じられただけであって、それ以上のことは言われていない。

「攻撃だ。機を逸するのは馬鹿馬鹿しい」

「かしこまりました」


 後方から運んできた重装に身を包み、さらなる進撃の準備を整えた。

準備に時間はかかるが大した問題はない。

急いだところで、奇襲から立ち直って迎撃体勢を構築しているだろう。

中枢は攻撃を受けていないから、なおさら立ち直りは早いはずだとクロヴィスは読んだ。


 整然と隊列を整えているのを確認すると、進軍の命じた。

「進め!」

 クロヴィスはリュカとベルトレを左右に従え先頭を行く。

配下の一人を本陣に派遣し、中枢への攻撃を行うことを伝令させた。


「攻撃を仕掛けても大丈夫なんでしょうか。彼我の戦力差は歴然ですよ」

 リュカが心配そうに進言した。

「そのための伝令だ。前衛は突き崩したんだし、手柄を求めて本隊がすぐに殺到するだろう」

「事後報告なのは、一番槍の手柄を得るためでしたか。露払いならお任せを!」

 得意げにベルトレが笑みをみせた。


「敵陣が見えてきましたよ」

 リュカに促され、遠く先を見つめた。

教団の軍隊が狂気を放ちながら待機している。


「一隊を率いて右翼の外側に回り込む素振りを見せる。右翼と本隊が離れたら、ベルトレは本陣に強襲、リュカは左翼の足止めを」

「わかりました。ご無理はなさらないでくださいね」

 リュカが肩をとんと叩いて、冗談っぽく言った。

「わかっているよ。でも今は多少の無理をしてでも、手柄を打ち立てないとダメなときだ。ただし死なない程度にな」

「それなら大丈夫そうですね」

 リュカとベルトレは、自身に預けられた兵のところへ赴いた。


 クロヴィスは高らかに剣を掲げた。

切っ先にかがり火の炎が映し出される。

剣は振り下ろされた。

馬はいななき、名もなき兵は雄たけびを上げて、果敢に突撃を開始した。


 矢が闇夜を切り裂くように降り注ぐ。

クロヴィスは剣を左に向け、自身もそちらに進路を変えた。

作戦は始まった。


 敵陣を目前に進路を変え、突撃をやめてしまった。

予想外な行動によるわずかな逡巡の末、進路を変えたクロヴィスの追撃に繰り出した。

放っておけば、間違いなく側面を取られる。

そのことが彼らを追撃に走らせた。


 猛追をかける教団軍に対し、クロヴィスは悠然としている。

「追いつかれそうで追いつけない程度の速さで移動するぞ!」

 部下の兵たちに呼びかけた。

この作戦は追撃を受けなければ成立しない。

逃亡と判断されない秩序と、追い付いて撃破したくなる程度の速さが求められる。


 しかし士気の低い正規軍だ。

できるかどうかは、彼自身が勝利のヴィジョンを示せるかどうかにかかっている。


 クロヴィスはときどき振り返って、敵の中央と右翼の距離を確認した。

ベルトレの突撃のタイミングが、この作戦の要だからだ。

何度も何度も振り返り、ここぞというタイミング、千載一遇のチャンスにベルトレが動いた。


「突撃!」

 短い掛け声とともに、ベルトレとその配下が突撃を開始した。

おとりになったクロヴィスの動きよりも、圧倒的に早く、果敢に間隙を通り抜けようとする。

教団軍左翼と中央がその動きを妨害しようと思うも、リュカの部隊に釘付けにされて身動きが取れない。


 リュカは少ない手勢を広げて、相手の側面を取ろうとする。

それを受けて、敵は薄くなった部隊の中央を狙おうが、リュカは中央だけ後退して翼包囲をする構えを見せる。


「これ以上はどうにもなりませんね」

 リュカは敵の一網打尽を諦め、膠着の維持を図った。


 そうこうしている隙に、ベルトレの部隊が右翼と中央の間をするりと抜けて、本陣に踊り出た。

本陣の部隊などたかが知れている。


 しかも前線が一切崩れることなく本陣を、しかも奇襲ではなく正面から攻撃を受け、想定外の出来事にまったく対応ができていない。

ベルトレはひと目見て混乱していると見抜いた。


「動きが鈍いぞ雑魚どもが!」

 対応する暇を与える間もなく、ベルトレが大剣を振り、護衛兵を葬り去っていく。


「大将首見つけたぞ!」

 敵の指揮官は腰の剣を抜き、ベルトレの振りかざされるに対抗した。

剣と剣がぶつかり合ったその瞬間、敵の握っていた剣が、力に負けて吹き飛んだ。


 勝負は一合で決した。

指揮官は袈裟斬りにされ、夜露に濡れる草に体を伏した。


「敵将は討ち取ったぞ!」

 ベルトレの大声が戦場に響き渡る。

敵の中央と左翼は秩序を維持して撤退し、取り残された右翼は、クロヴィスと駆けつけたベルトレとリュカによって殲滅された。


 戦闘は終わった。

討伐軍の主力が干戈を交えることなく、下級貴族率いる少数の正規軍によって勝利、それも圧勝である。


 地平線から明るい兆しが現れた。

クロヴィスとその配下たちの武勲を称えるように、燦然と太陽が昇っていく。

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