第6話 敗北から勝利を拾う

 クロヴィスの一隊は北部の大貴族シャンポリオン公の指揮下で戦うことになった。

ベアトリクスは離れた戦場で、中央の大貴族ロンサール公の指揮下に収まった。

本来別の場所にいるはずなのに、彼女はクロヴィスの目の前にいる。


 戸惑っているクロヴィスを尻目に、彼女は話を切り出した。

「戦う前の景気づけに、ちょっと付き合ってかない?」

 言い切る前に木刀を彼に差し出した。


「貴族の端くれなら、もちろん引き受けてくれるよね?」

 一騎打ちを所望している。

そう言われて、誘いに乗る以外の選択肢などクロヴィスにはない。


「もちろん」

 彼は木刀を受け取った。


「戦う前から何やってるんですか」

 呆れるリュカの肩を、フェナがとんと叩いた。

「ああいう主君なので、仕方がありませんね。私達もやってみます?」

「主のバカを止めるのが配下の仕事なのに、それに乗っかってしまえば、誰も止められませんよ」

「それもそうですね」

 フェナは少し残念と肩をすくめた。


 ベアトリクスから木刀を受け取ったクロヴィスは、彼女から距離を取り、木刀を構えた。

彼女も構え、臨戦態勢へと移行した。


 夜風が間を抜けていく。

風に煽られて軍旗がはためく。


 先に動いたのはクロヴィスだ。

果敢に斬りかかり、ベアトリクスはそれを受け止めた。


 鍔迫り合いになるも、彼女は一歩も引かず、力で負けない。

足にぐっと力を込め、地面を強く踏みしめて、クロヴィスの押しに対抗する。

彼もそれに応じて、足を踏み込み力で押そうとする。


 ベアトリクスが不意に力を抜いて木刀を反らした。

急なパワーバランスの崩壊により、クロヴィスは前のめりになってしまう。

背後から木刀が空を斬る音が迫る。

体をひねり、一撃を避けた。


 跳ねるように飛び起き、再び木刀を構える。

ベアトリクスは追撃の一振りを浴びせた。



 左足を残しながら、接近する彼女の動きに合わせて、ゆっくりと体を右へ反らしていく。

彼女が上半身の動きに注視する。


 注意が上に向いたこの瞬間をクロヴィスは見逃さない。

彼はさっと左足を動かした。

ベアトリクスはそれに気づかず、足を引っ掛けてしまう。

今度は彼女が体勢を崩された。


 とどめの一撃を叩き込むために、崩れゆく彼女に向けて木刀を振り上げた。

ベアトリクスは体を彼の方にひねり、その際に木刀を投げつけた。


「えっ」

 彼に避ける余裕はない。 

クロヴィスのみぞおちにそれは直撃した。


 防具は着込んでいたから痛みは大したことはない。

しかし真剣なら重傷は避けられない。

クロヴィスの負けだ。


 憮然とした顔で彼女を見つめる。

不機嫌そうなクロヴィスとは対象的に、ベアトリクスはニコニコしている。

勝ったのがよほど嬉しいのだろうか。


「わざわざ相手してくれてありがとう。健闘を祈るね」

「木刀と真剣では別物です。戦場では違った結果もあるでしょう」

 負け惜しみの言葉をクロヴィスは残した。

「次会うときも負けないよ」

 彼女は二本の木刀を拾い上げると、馬にまたがってフェナと自陣に帰っていった。


「実に癪だ」

 彼女の背中が見えなくったときにぽつりと言った。

「負け方が気に入らないのですか?」

 リュカが言う。

「確かにそうだが、戦場ではそうは言えない。でももやもやする」


 クロヴィスは腰の剣を抜いて軽く一振りした。

夜風に鋭い風切り音が乗せられる。

「戦場で見返してやりたいな」

「そうですね」

 輝かしい武勲をこの戦いで残す。

彼は剣を収めながら決意した。


******


 救世の教団軍は崖の上に陣取り、討伐軍を睥睨へいげいしている。

黒地に白抜きの髑髏の旗がはためき、それには彼らのスローガンの「死は救済、楽園招来」と書かれている。

狂気で全身を塗りたくったような集団ということを、大きく誇示している。


 最前線で対峙しているクロヴィスのもとに、シャンポリオン公の使者から命令がもたらされた。

「賊軍攻撃の先鋒を任せる。先駆けの名誉だ。我が主君に武勇を披露してもらう」

 そう言って、尊大な使者は去っていった。


「敵を壊滅させて、ロンサール公に対して優越を確保したいんだろうね」

 クロヴィスは士気の上がらない正規軍の兵士を見て、口を歪めて難しい顔をした。


「崖の上に行ける道は二つだけで、当然守りは固めてあるだろう。そこに攻撃命令とは……捨て石もいいとこだな」

「大貴族は自分たちの私兵を消耗したくないのですよ。だから正規軍を率いてる我々を矢面に立たせているのです」

 クロヴィスは舌打ちをして、罪のない小石を蹴飛ばした。


 先程からいいことのないクロヴィスに、リュカはそっと言った。

「夜襲しかありませんね」

「だな」


 二人の間にベルトレがいきなり割って入った。

「そのときは全力で当主殿を守ってみせましょう」

 大剣を軽々と担ぎ上げて、自信の程を見せつけた。

「これは頼りになるな」

 クロヴィスはベルトレの背中を叩き、三人して笑いあった。


 襲撃前の食事として、石臼で製粉化されたコーンを混ぜた薄いスープに、三切れの牛肉を兵士に振る舞い、クロヴィスとリュカもそれを食した。

「下級貴族でもこれよりマシな食事をしている。なのに明日をも知れぬ兵士は、こんな食事未満の食事をして、大貴族はたらふく肉を食べている」

「野菜も食べてますよ」

「野菜も食べられる、だろ?」

 クロヴィスの訂正に、リュカは笑ってうなずいた。


 味のしないスープを一気に飲み干すと、クロヴィスは立ち上がった。

「もっと上の地位になったら、末端の兵士でもこんなご飯は食べさせない。野菜も肉も、そしてパンも食べられるようにする」

「いいこというじゃないか!」

 ベルトレは大きく首肯した。


 食事を終えると麻の服とズボン姿で、クロヴィスとリュカは指揮下の兵士たちの先頭に立った。

「生きて手柄を残せば、褒賞は思うのままだ!」

 兵士を叱咤すると、二人は徒歩で自陣を出撃した。


 体重をつま先にかけ、ゆっくりとかかとを地面に下ろして歩く。

固い地面を歩く際は、このようにすると足音が立ちにくい。

暗い夜道を音もなく、ぞろぞろと進軍する。


 山道を進んでいくと、かがり火で照らされた敵陣が見えてきた。

ギリギリまで近づき、様子をこっそりと窺う。

正面から突撃するのだから、タイミングがかなりシビアである。


 今しかない。

「とつげぇぇぇき!!!」

 雄叫びを上げて、敵陣めがけて駆け出していく。


 敵も正面から攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのか、組織的な反撃ができていない。

混乱する敵陣の中で、ベルトレが先行して斬り込んでいる。

複数人に攻撃されても、一人を蹴り飛ばし、残りをなで斬りにしてしまう。

「てめぇらは死が好きなんだろう? ほら、来いよ。楽しい世界へつれてってやるぞ!」


 ベルトレが大剣を棒きれのように振り回し、死体の山を積み上げていく。

「指揮官の手柄も残しておいて欲しいな」

 クロヴィスが駆けつけて、手土産とばかりに、襲ってきた敵兵を斬り伏せた。


 クロヴィスは敵の異様さを肌で感じた。

生きているのにその目に生気はない。

ただ言われるがままに殺し、自らを死地に置いている。

もうすでに彼らは死んでいる。


 敵の異様さはベルトレも気づいていた。

「大将首取って、さっさとこんな戦い終わらせちゃいましょうよ」

「最大の手柄は、自分の手で勝ち取りたいな」

 目の当たりにした狂気をかき消すように、功名に心を逸らせた。

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