第3話 不意打ち
三年の月日が流れ、クロヴィスは士官学校を二ヶ月前に卒業し、リュカとともに正規軍の小部隊を率い任務に就いている。
彼らは隣地を治める貴族領へ、賊の退治を任されていた。
賊に村を占拠されて、連絡が取れなくなって困っているからと言って、地元の貴族は正規軍出撃を要請した。
「手勢の犠牲が嫌だからって、自分で討伐せず、わざわざ正規軍を動かすとはな」
クロヴィスは呆れてしまっている。
「犠牲は最小で済ませたいものですからね」
「リュカの言うことはもっともだが、なんだかな」
クロヴィスは後ろを振り返った。
「私兵が少ないからって、正規軍の兵士を預けられたけど、士気が低くないか?」
クロヴィスの後ろを歩いている兵士の顔は暗い。
士気など微塵も感じられない。
「そりゃそうでしょう。待遇が私兵より悪いんですから」
「正規軍は陛下の親衛隊でもあるというのに、なんてざまだ」
クロヴィスに国内情勢の悪さを痛感させるには十分だった。
「それに、大貴族はある程度の人数を、正規軍に出さなくてはいけないんです」
「つまり本来は待遇のいい私兵になるはずだった人なのか」
士気がかなり低い理由を、リュカの言葉でクロヴィスは理解した。
正規軍すら満足な待遇を与えられない状況を変えないといけない。
クロヴィスはそう思ったところで、彼女のことを思い出した。
「あの人が気になる」
「ベアトリクス嬢ですね」
彼は頷いた。
「いまどうしているのか……」
ベアトリクスも士官学校を卒業して、故郷に帰っていると彼らは聞いている。
「実家の私兵を率いるのでしょう。デ・ローイ辺境伯はご高齢ですし、実権はベアトリクス嬢に移るものと思います」
「実権を握れば、明るい世の中になるのかな」
彼女はクロヴィスに、この国を変えることを熱く語っていた。
そして改革への階段を登り始めた。
「功績を立てて、権力を握りたいものだ」
「今のところ大きな反乱とかありませんものね」
そう言ったリュカは、何かを思い出したように口を開けた。
「そういえば最近、救世≪ぐぜ≫の教団という宗教勢力が拡大してるそうですよ」
「どういう組織なんだ?」
「どうも死は救いだと言って、人殺しと自殺を勧めているそうです」
クロヴィスは露骨に嫌そうな顔をした。
「頭おかしいのか。なんでそんなものが広まっているんだ……」
理解なんてできない。
普通ならそんなもの流行らないはず。
「もちろん当局は取り締まりしています」
「これ以上広まらないといいが……」
その頃ベアトリクスとフェナは、士官学校から故郷に向かっていた。
馬にまたがり、荒れ果てた農村を行く。
背の高い雑草の生い茂った畑に、屋根が崩れ落ちた家が二人を歓迎する。
「地方の荒廃がここまでひどいとは」
人の気配のない廃村に、蹄が地面を鳴らす音が響く。
フェナが周囲をきょろきょろと、せわしなく見ている。
「どうしたの?」
「何かいます」
馬を止めて周囲の音に神経を配る。
雑草をかき分けて、何かがこちらに近づいている。
半ば反射的に腰の剣を抜いた。
雑草からそれは飛び出した。
顔を黒い頭巾で覆い、それと同じ色の麻の服の人間が、ベアトリクスのすぐ目の前に現れた。
その右手に握られているのは、鋭利な切っ先の槍だ。
突き出された槍を体をひねって避けて、反撃の一閃を浴びせた。
刃は肉を切り裂き、鮮血を外界へ踊りださせる。
黒の人間は倒れた。
平穏は束の間。
彼女らの進行方向から、馬に乗って駆けてくる四人組が近づいている。
そのうちの一人が矢をつがえ、ベアトリクスに狙いを定めた。
絶体絶命の危機が迫り、彼女の目は大きく見開かれ、明確な殺意が彼女の体を固くする。
矢が放たれる一瞬手前、射手が鮮血を吹き出しながら落馬した。
ベアトリクスでもフェナでもない、他の誰かが矢をいかけたのだ。
落ちた射手の顔は、一体何をされたんだと言いたげにしている。
刺客は予期せぬ攻撃を受け、狼狽してしまった。
容赦ない二の矢が彼らを襲う。
そしてまた一人地に伏した。
「くそっ!」
残された二人は捨て台詞を吐いて、一目散に逃げ去った。
「大丈夫でしたか?」
崩れた家屋の影から、男が顔を覗かせた。
線の細い長身だが、両腕はたくましい。
目鼻口は整っており、短い黒髪が風に揺れている。
「ええ大丈夫よ。あなたの名前は?」
「ルイス・ファン・フリートです。もともとこの村で自警団をしていたのですが、救世の教団に襲われて、自分だけが生き残ったのです」
ベアトリクスは少し考えた。
「私はベアトリクス・デ・ローイ。ファン・フリートさん、私に仕えてみない?」
「あの辺境伯ですか! え、仕えるのですか!」
ルイスだけじゃなく、フェナも驚いた。
出会ったばかりの人物を雇おうとしているのだから。
「自分のようなものでよろしいのですか?」
彼も困惑を隠しきれていない。
「あなたの実力は確かだから、それを見込んでね」
「確かに弓の技量は見事でしたが……ファン・フリートさん、いかがなさいますか?」
「自分のような未熟者でよければ、微力ながらお仕えいたします」
ルイスは片膝をついて
思わぬ形で彼女は勇敢な配下を手に入れた。
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