第4話 孤独な守護者
クロヴィスとリュカは荒れた山道を踏みしめて歩いている。
「村を占領してる賊退治に、正規軍を預かってきたけれど、なかなかにまずいんじゃないかな」
彼らの後ろを歩いている小部隊は、緊張感に欠けている。
「まあ待遇が悪い正規軍ですから」
リュカが旗を振りながら、呆れ気味に言った。
「ところで、その旗はなんだ?」
「ああ、これですか? 戦いにはどの家の者か示すものがいりますからね」
リュカは、黒地に赤薔薇を握りしめた拳が描かれた、ラグランジュ家の旗を掲げてみせた。
「それもそうか」
翻る旗を見て、迫る戦いに心を引き締めた。
山肌が露出した荒れた道を行くと、これまでと同じような道と森を進む道と分かれている。
「どちらも村に繋がっています。いかがなさいますか?」
森を進むと間違いなく草木から伏兵が飛び出してくるだろう。
それを避けるために荒れた道を行くと考えて、罠を張っているに違いない。
「森を進む」
リュカは怪訝な顔をした。
「伏兵がいる可能性が高いと思われますが……」
その可能性は裏をかくにしても拭えない。
「戦力を主力の前衛と少数の後衛の二つに分けた上で、森を進んでもらう。前衛は普通に森の道を、後衛は森の中だ」
森を抜ける道は村への最短ルートだが、それは狭く見通しは最悪だ。
木々が鬱蒼と生い茂り、来る者を拒んでいるように見える。
「前衛が囮になって伏兵を炙り出し、後衛が奇襲で叩くというわけですね」
一緒にいる時間の長いリュカが、クロヴィスの思考を読んだ。
幼馴染の洞察に、クロヴィスは満足して頷いた。
「しかし、部隊を分けて、囮が襲撃されたときに、一方が駆けつけて叩くやり方ではいけないのですか?」
リュカが道なき道を進むことを暗に批判している。
「後衛が駆けつける前にそれに気づかれて、さっさと撤退してしまう。それを避けるために、進軍してこないと思っている場所を進むんだよ」
この説明にリュカも納得した。
「では行こう。森の中を行くのはリュカに任せるよ」
「仕方がありませんね」
冗談っぽく肩をすくめてから、彼はクロヴィスから離れた。
リュカの部隊が離れたのを確認してから、クロヴィスは進み始めた。
彼は周囲をせわしなく見渡す。
敵はどこにいるか、いつ襲われるか気になって気が気でない。
過度の緊張感が脳の神経を焼き切ってしまいそうだ。
空を舞う鳥が一点に集まって騒がしい。
不吉な直感が彼の頭をよぎる。
風を切る矢の音が、彼の耳元でした。
「敵だ!」
クロヴィスの後ろにいた兵士が、首筋に矢を受け、物言う間もなく倒れ込んだ。
道の左右から、バラバラの私服で身を包んだ賊が、ワラワラと姿を見せた。
クロヴィスは兵士たちの顔を見た。
恐怖に支配され、今にも逃げ出してしまいそうだ。
彼はここで勇気を見せる必要に迫られた。
覚悟を決め、兵士たちに向けて口を開いた。
ここが理想への道の第一歩だと、自分に言い聞かせる。
「後続は右を、残りは左の敵を迎え撃て! 前衛は我に続け!」
腰の剣を抜き払い、天に掲げた。
クロヴィスは矢を恐れることなく突っ込んでいく。
突き出される槍を叩き切り、足を踏み込み首を跳ね飛ばす。
鎧にかかった返り血を勲章のように誇示し、次の敵を見つけては斬り伏せる。
不思議なことに、初陣にも関わらず恐れを感じない。
興奮が突き動かすままに、剣を振るい敵を斬る。
飛んでくる矢など恐れるに足らない。
敵が急に乱れだした。
リュカの部隊が駆けつけてきたのだ。
不意の一撃に賊軍はにわかに浮足立ち、次々に姿を消してゆく。
敵の右翼の敵も逃げ出していく。
村への道は開かれた。
隊列を組み直し、再び進軍の途につく。
「いいタイミングで駆けつけてくれてよかった。ありがとう」
リュカに礼を述べた。
「練度が低くって、迷子になるかと思いましたよ。早く戦闘になったおかげで、迷子になる前に、ここに来れて助かりました」
「かなり余裕があるな。次も面倒な仕事を任せたいね」
「まったく、人使いが荒いですねえ」
軽口を叩くゆとりを見せたリュカに、クロヴィスは羨望を覚えた。
上に立つなら、余裕を見せないといけない。
彼はそう強く認識した。
歩を進めていくと、坂道の先に、村の入り口にある門が見えてきた。
その直下に、大剣を背負った男が仁王立ちしている。
長い髭にボサボサの髪、二百センチ近い長身を誇る大男がクロヴィスたちを睥睨し、殺意を強く見せつける。
彼は大剣を抜き、クロヴィスに向けて言い放った。
「我が名はオーギュスト・ベルトレ。一騎打ちを所望する」
威圧感に気圧されて、思わず後ずさりする。
「ここは無理して誘いに乗る必要はありません。戦いの趨勢はついています。だからかの男は、兵による戦闘ではなく、一騎打ちを望んでいるのです」
リュカに言われなくても、クロヴィスはわかっている。
しかし一騎打ちは武人の
挑まれたなら乗るのが常。
クロヴィスは剣をベルトレに向け返した。
「クロヴィス・ラグランジュ、爵位は子爵だ。受けて立とう」
その一言に異なるリアクションが巻き起こった。
不敵に笑うオーギュスト、驚愕するリュカ。
「なぜですか! ここで死んだら何にもなりませんよ!」
「まあそう言わないで。死ななければいいだけのことだ!」
本当はかなり怖いと思っている。
しかしここが余裕の見せ所だとクロヴィスは考えた。
馬から降りて、坂の上のベルトレに徐々に距離を詰めるクロヴィス。
じっと大剣を構えて待つベルトレ。
二人の間合いが縮まっていく。
両者の威圧感の密が高まる。
クロヴィスが駆け出した。
それに呼応し、ベルトレは坂を駆け下りる。
大剣がクロヴィスに振り下ろされる。
攻撃を見切ったクロヴィスは、かわして刺突を繰り出す。
ベルトレは体をひねり、それをかわした。
ひねった力を利用して、大剣も振り回された。
とっさにそれをしゃがんで回避し、剣を突き上げてカウンターを浴びせる。
のけぞってベルトレは避けてみせた。
クロヴィスは立ち上がり、互いに距離を取って次の一撃のタイミングを図る。
「腕は確かなようだな。一騎打ちに乗っただけはある」
ベルトレが感心しているような表情を見せた。
「なぜ武器を取った? その腕なら士官学校に行けずとも、貴族の私兵として雇われてもいいはず」
クロヴィスの質問に、ベルトレの表情は一変した。
「雇われるだと? 搾取されるのは嫌だが、する側に回るのはもっと嫌だ!」
怨嗟のこもった回答に体が震えた。
「ここはくそったれな領主によって搾取され続けた。疲れた農民の一部は、救世の教団とかいうイカれた連中の仲間になって、よその村どころか、故郷のはずのここまで襲いだした」
「略奪の被害を受けて収入が低下したから、さらに重税を課したというわけか」
ベルトレは頷いた。
「私欲を肥やすことしか眼中にない貴族でも、死んだ目で暴れまわる教団でもない。自分たちでここを守ることにした。領主を追い出し、教団も返り討ちにした」
クロヴィスは力強く語る彼の言葉を聞いて、ひとつの決断をした。
「それなら私のもとで働かないか? この村は私が引き取る」
「なぜ再び貴族の支配に戻らければいけないんだ」
彼はクロヴィスの発言に苛立っている。
「私は彼らとは違う。爵位こそ低いが志は天より高い。この帝国を改革する。腐りきった貴族を叩きのめし、人民のための帝国を作る」
力を貸してほしいと、クロヴィスは手を差し出した。
じっと目を見るベルトレ。
風が止み、静寂が場を包む。
張り詰めた緊張感が、その場にいる者の瞬きすら許さない。
ベルトレは大剣を鞘に収めた。
「今はその手を取らんよ。けれど言っていることは心から出たものだ。臣下として、その行く末を見守らせていただこうか」
「忠誠を誓ってくれるな?」
「ああ」
短いが、力強い口調で応じた。
オーギュスト・ベルトレはアランブール家以外の、クロヴィスにとって初めての臣下となった。
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