第24話「幼稚園教諭・生田絵理奈」⑤
私も小さい頃は、よく男の子たちとケンカをしていた。なんなら男の子を泣かせてしまうこともよくあった。その度に先生に怒られて、母親も来て一緒に謝ることもあった。
「さき先生。どうして私やえりなの友達が悪くないのに、私が守っただけなのに」
「先生はえりなちゃんの、その正義感があるところ好きだよ」
「じゃあなんで、えりなばっかが怒られるの?」
「この前話したこと覚えてるかな?先生みたいに、幼稚園の先生になるには、みんなのことを好きじゃなきゃいけないって」
「覚えてる」
「その続きで、それよりもっと大事なことがあるの」
「もっと大事なこと?」
「それはね、相手の気持ちになって考えること。自分がされたら嫌だなって思うことをしないこと」
「相手の気持ち…」
「えりなちゃんは、ケンカして、相手の子泣かしちゃって。その子に謝ったりしたことはあるかな?」
「ないけど…」
「もし、その子がえりなちゃんのことがずっと嫌いで、ほかにもえりなちゃんのこと嫌いになる子が増えて。一人になっちゃったら嫌だよね?」
「うん…」
「ごめんね、先生ちょっと言い過ぎちゃった。でもね、ずっとその子のことが切ら一だったら、お互いに嫌な気持ちになるし、もうずっとお友達になれないかもしれない。その子だって、えりなちゃんと仲良くしたいのかもしれないし」
「どうしたらいいかな、さき先生」
「ケンカした子には謝る。ケンカしそうになったら、話しを聞く。それが先生からのアドバイスかな」
「うん、わかった!明日、ちゃんと謝る!」
「偉いね、えりなちゃん。その調子よ!」
「そしたら、私もさき先生みたいになれる?」
「なれるわよ、えりなちゃんならきっと」
「私、幼稚園の先生になる!」
さき先生のおかげで、私はこうして幼稚園の先生という仕事をしている。子どもたちと自分が関わっていく中で何を考えて、どのように気持ちをくみ取ってあげるのか。どんなことをすれば喜んでもらえるのか。さき先生は、それを教えてくれた。自分が経験してきたことを子どもたちに伝え、少しでも良い大人になってもらいたい。恥ずかしい話しだが、私はそういう思いでこの仕事をしているのかもしれない。誰かのために優しくなれる、心の強い人を育てていけたらいいなと。
午前の自由時間が終わり、お昼ご飯の時間となった。
うちの幼稚園では、月曜から木曜までは外部のお弁当を発注しているが、毎週金曜は園児の母親たちが作ったお弁当が昼食という習慣がある。そして、今日は金曜日。各園児たちは母親の手作り弁当を食べていた。私も母親になったら、毎朝、自分の子どものために作っていたのだろうか。好きな食べ物を入れて、でもバランスが取れるように野菜も入れて。好き嫌いが激しい子どもにはしたくないな。
「じゃあみんなで『ごちそうさまでした』の挨拶をしましょう」
「はーい!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー!」と園児たちの元気の良い声を聞けたところで、午後からはお勉強の時間だ。お勉強の時間という名のお絵かきや、歌の時間とも言うが。
「えりな先生、今日は先生のピアノが聞きたーい」
「私もー」
「えりな先生の歌も聞きたーい!」
今日はよくみんなからリクエストされることが多い気がする。これも私が今日最後の仕事だからと知っているからだろうか。
「じゃあ、みんなどんなお歌がいいかな?」
「もりのくまさんがいい!」
「ふしぎなポケット!」
「ゆきが歌いたい!」
「にんげんっていいながいい!」
みんなそれぞれ歌いたい曲があり、どれから手をつけていいのか困った。
「わかったわ。じゃあ今日はえりな先生のピアノコンサートにしちゃいます!みんなが言ってくれたお歌、ぜーんぶ歌おっか!」
「やったー!!先生の上手な歌が聞けるー!」
みんなが喜んでいる姿を見て、私も嬉しくなった。いつの間にか同じ教室に入っていた黒服3人集も、園児たちと同じくらい喜んでいた。大の大人がいったい何をやっているのやら…
私は、ピアノの前にある椅子に腰をかけた。
「じゃあ、最初はもりのくまさんから!」
「はーい!」と園児たちが元気よく返事をしてくれた。
まずは一曲目「もりのくまさん」
私が先の歌詞を歌い、その後に園児たちが続いて歌うような形だ。
「ある日」
「ある日」
「森の中」
「森の中」
「くまさんに」
「くまさんに」
「であった」
「であった」
ここからは私と園児たちが一緒に歌うところ
「花さくもりのみち~」
・・・・・・
私はこれ以降も「ふしぎなポケット」「ゆき」を演奏し、園児たちと一緒に歌った。
「じゃあ、次が最後のお歌かな」
「えー、もっと聞きたーい」
「先生ももっと歌いたいけど、これが最後。じゃあいくよー!」と言い、私は「にんげんっていいな」を弾き始めた。
「くまのこ見ていたかくれんぼ おしりをだした子いっとうしょう」
「ゆうやけこやけでまたあした またあした」
「いいな いいな にんげんていいな」
私は演奏している間、いろんなことを思い出していた。
この仕事に就くまでに辛かったこと、楽しかったこと。この幼稚園で仕事を始めたころのこと。園児たちのお世話で悩んだり、先輩に相談をして少しずつ成長していった。何より、毎日、園児たちの笑顔や喜んでいる姿を見て、自分も嬉しい気持ちになれていたこと。今までのことが走馬灯のように頭の中でよみがえってきていた。
私は演奏をしながら、泣いてしまっていた。
「いいな いいな にんげんていいな」
「みんなでなかよく ポチャポチャおふろ」
「あったかいふとんで ねむるんだろな」
「ぼくもかえろ おうちえかえろ
「でんでん でんぐりかえって バイ バイ バイ」
演奏を終えると、園児たちが声をかけてきた。
「えりな先生、どうして泣いてるの?」
「みんなとお歌を歌うのが楽しくて泣いちゃったの」
「私もえりな先生と歌うの大好き!」
「僕も!」とみんなが、次々に言ってくれた。
「あれ、えりな先生、また泣いちゃった」
私は、園児たちの言葉に、またも泣いてしまったのだった。
ラスト・マイライフ ねこなべ @neko_nabe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラスト・マイライフの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます