第23話「幼稚園教諭・生田絵理奈」④


 私が担当している組に入ると、友達同士でおしゃべりをしている子、遊んでいる子など、いつも通りの感じで楽しんでいた。

「はーい、みんな!先生にちゅうもーく!

「では、朝の挨拶をしましょう。おはようございます!」

「おはようございます!えりな先生!」

「じゃあ出欠を取るので、名前を呼ばれた子は、元気よく返事をしてください!」

「あかりちゃん」

「はい!」

「あつしくん」

「はーい!」


 私は、クラスの全員の出欠を取り終えると、普段と同じスケジュールで一日のスタートを始めた。午前は外で遊ぶ時間となっているので、全員を外に出し、めいっぱい遊ばせるように自分も率先して園児たちの遊びに参加した。こうして園児たちと遊ぶのも色んな意味で最後の自分としては、こんなに楽しい時間がなくなると思うと寂しい。

「えりな先生、こっちきてー」

「はいはい、行きますよー」

今日の私は、なぜか園児たちに引っ張りだこだ。こんな日もあるのかと珍しく思っていたのだが、それ以上の考える隙を与えないくらい、園児たちの元気に圧倒されてしまった。


 落ち着いたのは、1時間後のことだった。私が休憩しているところに声をかけられた。

「えりな先生」と呼んだのは、昨日話しをした日奈ちゃんだった。

「あら、どうしたの日奈ちゃん」

「あのね…」

何か言いたそうにしているのだが、なかなか言葉が出てこない。

「昨日、こうへい君とお話ししたの」

「もしかして…」

「日奈もこうへい君が好きだよって言ったの」

「こうへい君、なんて言ってたの?」

私が聞くと、日奈ちゃんはうつむいて黙ってしまった。もしかしてフラれてしまったのだろうか。

「こうへい君が、日奈のこと守ってやるって言ってたの」

「じゃあ、両想いになったんだ」

「うん」と頷く日奈ちゃん。フラれたからではなく、恥ずかしさのあまり黙り込んでしまったのだろうと、ここでようやくわかった。

「良かったね、日奈ちゃん」

「ありがとう、えりな先生」


 そう言うと日奈ちゃんは私のもとを離れ、みんなが遊んでいる輪に自分から参加していった。いつの間にか、自分から輪に入って遊ぶことができるくらい、日奈ちゃんは変わっていたのだった。

 そしてその先には、「日奈ちゃん、今日は何して遊ぼっか」と声をかけるこうへい君の姿があった。その成長ぶりに、私は嬉しい気持ちになり、ついつい笑顔になってしまった。見まわしてみると、ほかの園児たちも笑顔で元気よく遊んでいる。その中に私がいて、子どもたちから元気をもらって生きている。子どもたちのおかげで生かされている気持ちになった。ふと黒い腕時計に目を向けると、残り時間は9時間を切っていた。あと9時間で何ができる。私は考えた。




「さきせんせーい!」

「あら、絵理奈ちゃんどうしたの?」

「どうしたら、先生みたいになれるの?」

「大人になって、たくさんお勉強して、いっぱい頑張るの」

「えりなも大人になって、いっぱい頑張ったらなれるの?」

「いっぱい頑張って、そして絵理奈ちゃんみたいに小さな子を好きになることが大事なのよ」

「えりなみんなのことだーいすき!」

「でもね絵理奈ちゃん、もっと大事なことがあるの」

「もっと大事なこと?」

「そう、それはね・・・」


・・・・・・・・


「えりな先生!」

「あっ…、何かあったかな、愛ちゃん?」

「先生どうしたの?ボーっとしちゃって」

「先生も、みんなと同じくらいの時のこと思いだしてたの」


 自分が幼稚園児だった時、幼いながらにも憧れていた先生がいた。その姿を見て、自分も先生になりたいと思えたのだ。そのきっかけは…


「やめて!」

「なんでよ!」


 園児の声が聞こえた。その漢字は少しケンカをしているような感じだった。私はその声がする場所へ向かった。どうやら、男の子と女の子がケンカをしているようだった。

「どうしたのかな?りゅうた君に、あゆみちゃん」

「えりな先生、聞いて。私たちが女の子だからって、いじわるしてくるの」

 あゆみちゃんのほかにも、女の子が集まっていた。同様に、りゅうた君以外の男の子たちが集まって遊んでいることが分かった。


「あゆみちゃんたちと一緒に遊ぼうと思っただけだよ」

「違う!私たちが遊んでる場所を横取りしようとしたの!」

「何言ってんの、場所を半分こしようとしただけじゃん」

「えりな先生、りゅうた君たちが悪い!」

お互いどちらとも悪くないことを主張し、一歩も後を引かないようだ。


「二人とも、仲良くするのが一番だって、先生お話ししたことあるよね」

「先生は、りゅうた君も、あゆみちゃんも仲良くできる子だと思ってる。もしも別の子からこんなことされたら、二人はいやな気持ちになるよね?」

「でもね、えりな先生、また同じことされたらいやだもん!はっきり言わないとダメなの!」

「またケンカしちゃったら、もっとダメじゃないかな?それに、本当はりゅうた君は優しい子だもんね。誰かが困ってる時、泣いてる時。近くにいって声をかけてくれるいい子だって、先生知ってるのになー」

「あゆみちゃんも、オモチャの取り合いになった時も、声をかけて仲直りさせたり、誰かのことを心配してあげられる優しい子だっていうのも、先生知ってるよ」


 二人とも気持ちが落ち着いたのか、先ほどまでのケンカが静まりかえった。

「じゃあ、仲直りしよっか」

私は二人の手を取って、握手をするように勧めてみた。その言葉を素直に受けた二人は、握手をして仲直りをすることができたのだった。

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