第21話「幼稚園教諭・生田絵理奈」②


 私が恐る恐る目を開けると、そこには真っ白な空間が広がっていた。死んだはず?なのに意識がある。自分の体を見ても刺された跡は残ってないし、服も汚れているわけでもない。何だかよく分からない時間に感じた私は大声で叫んでみた。


「私は死んだんですかー!!」

返事がない。

「元気ですかー!!」

ふざけてみても返事がないし、誰でもいいから反応してほしい。どうしたらいいのか悩んでいると、突然、私の目の前に白い扉が現れた。私は不思議そうにそのドアに注目すると、扉の向こう側から人が出てきた。3人の黒服を着た男性がいたのだが、2人は外国人だった。しかもそのうちの一人は私好みでかっこいい顔立ちをしていたので「かっこいい…」と、つい本音が出てしまった。


 そして最後の一人は50代のおじさんで頭は少し禿げていた。そのおどおどした感じが、どことなく自分の父親に似ていた。いや、やっぱ全然似ていなかった。そんなおじさんから、一つのアタッシュケースを手渡された。するとおじさんがケースを開けるようにジェスチャーで指示した。

「えっ、これを開ければいいんですか?」

「そうだ」と言いたげにおじさんだけでなく、お供に従えている外国人2人も頷いた。     

 そのケースを開けると、中には黒い腕時計と一枚の紙が入っていた。私は、まず一枚の紙を手にとった。そこにはこのような文が書かれていた。


『あなたは、死にました。残された時間は、その腕時計に記された数字となります。この時間を有効活用してください。また、私たちセキュリティはあなたの行動に違反がないよう監視します』


 やはり私は死んだようだ。こんなに若くして死ぬなんて。もっと仕事も頑張りたかったし、結婚もして子どもがいる幸せな家庭も築きたかったのに。後悔ばかりが自分の中で生まれてきたし「あの通り絶対に許すまじ」と思ったが、もう死んでしまったなら仕方がないと、自分の死を受け入れることにした。こう見えて飲み込みは早いほうなのだ。


 そして、紙に書かれていた黒い腕時計を手に取り、時間を確認した。そこには「26」という数宇が書かれていた。

「あの、私の残り時間は26時間ということでいいのでしょうか?」

 またも「そうだ」と言いたげに頷く黒服3人集。そして腕につけるように指示をされ、私はそのジェスチャー通りに従った。26時間という長いようで短い時間をどのように過ごしていくか。

「あっ!明日で私も卒園しなくちゃいけないんだった」

まさか、新しい門出をこんな形で締めくくられるとは。テンションが下がりっぱなしの私に、黒服3人集は次の指示を出してきた。3人が揃ってある場所を指さしており、その指差す先には、もう一つドアがあった。しかもご丁寧に「現実」と書かれた札がされており、どうやらここからまた現実に戻ることができるようだ。

「早く行こうぜ!」みたいな感じで、ダッシュするジェスチャーをするおじさん。

「行きます、行きますよ」私は扉に向かって歩き出した。


 私に残された時間で、子どもたちに何か伝えていきたい。そして同じ園で働く人たちに何か教訓のようなものを残していきたい。まだ自分は終わっただけじゃない。きっと子どもたちにはまだまだ教えられることはあるはず。


「よし!生田絵理奈、最後の一仕事してきます!」

自分に喝を入れ、現実世界に戻る扉を開けた。真っ白な光に包まれ、その眩しさに私は目を瞑った。そして意識も少しずつ薄れいくのを感じるのと同時に、これが現実世界に戻ることなのだと実感するのであった。



 扉を抜けた先は、自分の家の前だった。時刻は22時。この26時間ごということは、明日の24時に死ぬこととなる。そのことを確認すると、私は自宅の玄関に手をかけ中に入った。一人暮らしのアパートだが、ここに住んでからもう5年も経つ。

「そろそろ引っ越そうと思ってたのにな」

職場が変わるので、一心して引っ越しもしようか考えていたのだが、その計画も通り魔のせいであっさり終わってしまった。


 玄関で靴を脱ぎ、リビングの電気をつける。すると、そこには黒服3人集が仲良く座って私の帰りを待っていたのだ。

「うわっ!ビックリした!!」と、大声を出し驚いてしまった。まさか監視って私の家にまで入ってくるのかと、少し嫌気がさした。

「あの、プライベートなんで、そういうのはちょっと困るんですけど」

その言葉に少しあたふたする黒服3人集が、何かを思い出したかのように私の顔をじっと見つめてきた。

「な…なんですか、急に…」

私は、また何か余計な指示がくるのではないかと嫌がるような素振りをしたのだが、そうではなかった。なんと黒服の外国人が、ひったくられた私の鞄をプレゼントとしてサプライズで渡すかのような演出で私の目の前に置いたのだ。

「あっ!!私の鞄!」

私はすぐさま中を見た。どうやら中身は何も盗られていないようだ。

「ありがとうございます!でもどうやってこれを?」と言うと、黒服3人集の寸劇が始まった。

「えーっと、まずおじさんが通り魔を見つけて、3人で追いかける。しかし、おじさんがバテて脱落、外国人二人に任せ、二人で取り押さえ確保。鞄を取り返したと」

「ちなみに、警察とかって」

「電話して呼んだ」とジェスチャーをしていたが、そのまま逃げてきたようだ。それはそれでヤバい気がするけど。一通り寸劇が終わると、おじさんがドヤ顔をしていた。

「いや、あなた何もしてないですよ?」

「えっ?」みたいな顔をするおじさんは、何事もなかったかのように黒服の外国人褒め称えていた。

「とにかく、そこの外国人お二人はありがとうございます。私のために勇敢に立ち向かってくれて」とお礼を伝えると、「当然のことをしたまでだ」と言いたげに頷くだけだった。


 とりあえず、私は明日の仕度を始めた。この幼稚園での最後の仕事だが、最後だからといって気を抜くわけにもいかない。早々に仕度を終えると、私は就寝したのであった。



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