第19話「サラリーマン・高田正志」④【完結】
扉を抜けた先は自宅の前におり、手にはスーパーで買った品物が入った袋を持っていた。とりあえず、家の中へ入り、残りの時間をどう過ごすか考えることにした。
時刻は19時。あと12時間ということは、明日の朝7時に死ぬことになる。すがすがしい朝を迎えた瞬間死ぬなんて全然嬉しくないし、なんならその時間に寝ていれば勝手に死ぬことになるのだろう。ダメだ、まったくやる気が起きない。そもそも12時間なんてあっという間に来てしまうではないか。もっと長ければ、10億という大金を世のため人のために使ったというのに。本当に10億を「当てるだけ」に、運を使ってしまったようだ。僕は買ってきたビールとつまみを並べ、テレビの電源をつけた。テレビ画面には、知らないタレントアイドル、タレント、芸人がクイズ番組に出演しており、いわゆる珍解答をしており、テレビを見る気にもなれなかったが、仕方なしにチャンネルを変えずにいた。腰を下ろし、テレビを見ていたが、同じ空間にいる黒服3人集は、ずっと立ったままでいた。なんだか威圧されているのが嫌だったので、座るよう声をかけることにした。
「あの、立ってないで、座ってもいいですよ」
そう言うと、黒服3人集は座り始めた。ただ、何もしないでずっと僕のことを見てくるのは怖い。
「ビール一緒に飲みませんか?こんなに人がいるのに、1人で酒を飲むなんて寂しいので」
僕は、有無を言わさず、ビールを手渡した。最初は戸惑い、3人でビールを飲んでもいいべきなのか、距離を縮めヒソヒソと話している感じだったが、答えを出したのか解散をした。そして、3人はビールの缶を開けると「乾杯しよう!」と言いたげにしてきた。
「じゃあ、乾杯しますか」
僕たちは缶を軽く当てて乾杯をした。そして、つまみの封を何種類か開け、みんなで食べられるよう皿に移した。
「これも一緒に食べちゃってください」
待ってました!と言わんばかりに喜ぶ黒服3人集。ビールを飲むペースも上がっていった。
飲み始めてから少しして。僕はお酒はそんなに強いほうではないので、すぐに酔ってしまい、ついつい話したいことをグダグダと話し始めた。
「親に言われたんですよ、お前は公務員になれーって。僕、そういうの嫌で、反対してたんですよ。それに大学だって好きで入ったわけでもないのに。無駄に偏差値の高いところを受けさせた親も親ですよ。勉強頑張ったから入れたものの、大学入っても勉強する気もなかったので、全然頑張らなくて」
「だいたいね、僕は好きなことして生きていたかったんですよ。20代で社会人なんておかしくないですか?遊んで暮らして何が悪いんですか?明日のことは、今日の自分に任せてもいいじゃないですか。なんで僕の意見に介入してくるんですかね大人って」
黒服3人集は、まあまあと言いたげに僕の気持ちを静めようとしていた。
「そもそも、自分がしたかったことは何だったんですかね。高学歴、安定した収入。そんなの理想ばかりじゃないですか。結局はその人の努力次第なんですよ。頑張れば頑張ったぶんだけ返ってくる。まぁそれも叶うかわかりませんけど」
人生において、努力をするということを僕はあまりしてこなかった。明日やればいいやという気持ちのまま25年間が過ぎたし、それで迷惑がかからなければいいと思っていた。
「あなたたちは、今の仕事に満足してますか?楽しいですか?」
黒服3人集は、顔を見合わせて困った感じだった。それに、どうせ喋れないだろうから答えを聞くことはできないだろう。僕はビールを勢い良く飲み干すと、そのまま大の字になり、天井を見上げた。自分が小さい頃、やりたかったことを思い出しそうとした。しかし、何も思いつかなかった。親のことはあまり好きではないが、必要最低限、親孝行はしておきたかったな。もし10億が手に入っていたら、親に旅行券でも渡して存分に楽しんでほしかったかもしれない。
僕は起き上がり携帯を手に取ると、実家の電話番号を探し、電話をかけることにした。
「もしもし」
「あら、正志じゃない。珍しいわね」
「元気してる?」
「こっちは私もお父さんも元気よ。仕事はどうなの?」
「まあまあ」
「あんた貯金とかもちゃんとするのよ」
「お金なんてたくさんあったって使う時がないと意味がないよね」
「だからって貯金しないわけにもいかないでしょ」
「母さん、もし宝くじが当たったとして、何に使いたい?」
「急に宝くじの話しされても」
僕は母親がどんな回答をするのか気になった。
「そうね、あんたの貯金とかもあるし、家のローンもまだ残ってるし。たぶんそんな感じかしらね」
「なんかつまらない使い方だね」
「だって、そんなもの当たらないもの。地道にお金貯めて、生活するのが一番いいわ。それにね、お金たくさん持っていても、むしろ不安が増えるばかりだわ」
「どうしてさ。生活にはこまらないじゃん」
「だってお金目当ての人がたくさん出てくるのよ。誰を信用していいかわからなくなるじゃない」
確かにそうかもしれないが、お金は裏切らない。だから、僕の家族だけでも裕福に生活してほしい。
「母さん、今日当たった宝くじ送るわ。なんかいらないし」
「そんなはした金いらないから。自分で使いなさい」
「はいはい、わかりました」
「ちゃんとするのよ」
「電話切るわ。じゃあまた」
「しっかり仕事するのよ」
僕は電話を切った。最後の最後まで、母親に感謝を伝えることはできなかった。やはり、この宝くじは実家に送ることにしよう、そのほうがまだ使い道はある。僕は小さな引出から、茶封筒を取り出し、その中に宝くじを入れた。そして実家の住所を郵便番号を書き終えると、24時間営業している郵便局へと向かった。
「郵便局行きますけど、一緒に来ますか?」
僕は黒服3人集に声をかけたが、3人とも酔っていたのか、その場から動けないでいた。少しお酒を飲ませすぎてしまっただろうか。一人玄関へ向かい、クロックスを履いた。そして、郵便局へと向かうのであった。
郵便局に着くと、中には局員のひとが3人と、用がある人は1人しかいなかった。僕は受付まで向かい、切手を購入し、宝くじの入った封筒を渡した。宝くじを送る人なんてそんなにいないだろう。不慣れな出来事に、本当に届くのか少し不安だった。何の親孝行もできなかったけど、これで家族が喜ぶかもわからないけど、少しでも生活が楽になるならいいだろう。僕は郵便局をあとにした。
家に帰ると、黒服3人集のうち外国人2人は寝ており、起きていたのはおじさんだけだった。僕は残っていた酒を見つけの見直すことにした。
「おじさんには、家族はいますか?」僕は質問した。
するとおじさんは頷いた。家族はいるようだ。
「どうしてこの仕事を?」
すると、僕を指さした後に自分を指さした。
「もしかして、おじさんはもう死んだ人なんですか?」
おじさんは、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、僕ら一緒ですね。なんか安心しました」
おじさんは、なぜ死んだのか。死んだからこの仕事をしているのだろうか。おじさんがこの世に残した家族は元気にしているのだろうか。いろいろ聞いてみたくなった。
「おじさんは家族が好きでしたか?」
するとおじさんは考えたようにして、うつむいた。マズいことを聞いただろうか。
「ああ、話したくなければ無理なさらずに」
おじさんはポケットから携帯を取り出し、何やら文章を作り始めた。その文章を作り終えると送信したのがわかった。すると、自分の携帯に着信が。
「おじさん」という登録名でメールがきた。いつの間に僕のアドレスを知ったんだ。細かいことは気にしてはいけない。もう死んでいること自体、あり得ないことなのだ。僕はメールの文面を見た。そこには簡単だが、おじさんの経緯が書かれていた。
「妻と娘がいる。何もできないでこの世を去ってしまった」
おしざんの心は悲しそうだったが、今は元気でやっている。そんな感じがした。死してなお、家族を想い続けることができるのが、夫としての性なのだろうか。
「僕も旦那さんになってたら、おじさんみたいに家族のこと考えてたんですかね?」
おじさんはまた携帯でメールを打った。そして、僕へ送った。
「君もいい父親になれただろう」
家族は一人で生きていくわけではない。誰かと一緒に生きていくものだというのは、わかっている。死んでわかったことは、その境遇に立ってみないとわからないということだ。
「おじさん、ありがとう」
いえいえと頭を左右に振るおじさんは、死に仲間とでも言おうか、親戚のおじさんのように感じた。
もう夜も遅い。僕は寝ることにした。おじさんによると、どうやら明日の6時に起きて、自分が死んだ場所へ行かなければならないらしい。最後の晩は、何事もなく終わった。このボロアパートともお別れ。突然いなくなったら大家さんきっと怒るだろうな。そんなことを考えながら、僕は就寝した。
翌日。
朝6時起きは慣れたもので、すんなりと起きれた。すでに黒服3人集は起きており、家を出る準備ができていた。僕はいつもどおり顔を洗い、歯を磨き、寝まきから私服に着替えた。
「ありがとうございました」
僕はリビングに向かって挨拶をし、家を出た。
今日の朝は、天気のいい日だった。
僕が死んだ場所には、数名の黒子が僕の死の状況を作り出すべく、スタンバイをしていた。
「朝から、ご苦労様です」
僕は挨拶をすると、黒子の人たちは頭を下げた。
腕時計を見ると、残す時間はあと1分。これといって思い残すことはない。
「自分の人生、普通だったな」
普通な人生の最後は、少し変わった締めくくりだった。
『ピピピ』と頭の中に腕時計のタイマー音が聞こえた。次第に視界が暗くなり、意識が遠のく。
「今までありがとうございました」
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