第18話「サラリーマン・高田正志」③
それから、3日が経った。平日は終わり、週末を迎えようとしていた。仕事は定時をむかえ、僕は自分のやるべき仕事が片付き、帰宅しようとしていた。退勤の準備をしていると、先輩に声をかけられた。
「高田、いよいよだな」
「何がですか?」
「何がって宝くじだよ」
「ああ、そうでしたね。どうせ当たらないと思ってたので忘れてました」
「また興味ないフリして。当たったらどうするんだよ」
「どうって、どうもしませんよ。当選額なんてたかが知れてますし」
「ほんと興味ないんだな」
そりゃ10億も当たったら嬉しい。嬉しさのあまりテンションは上がることは間違いない。ただ、当たる気はいない。前もってテンションを上げて外れた時の落差を考えたら、無駄なエネルギーの消費な気もする。先輩はどうなってしまうのだろう。と少しだけ気にかけた。僕は先輩との軽く済ませ、退勤したのだった。
翌日。
宝くじの当選発表を待っていた。時刻は15時になろうとしていた。今回は珍しく当選発表がテレビを通じての発表だった。僕はチャンネルを合わせ、その結果を待ち望んだ。当選の数字は、ダーツ方式。昔からこの方式で当選番号を決めているなんて、今の若い人は知っているのだろうか。僕の母親が毎年、年始の宝くじ当選をテレビで見ていることもあり、なんとなくだが知っていた。自分が当選番号を選ぶのも運。ダーツでどこに刺さるのかも運。全てが運で成り立っているこの選出は、誰も責めることはできないだろう。「運が無かった」この一言で終わってしまうのだ。
「いよいよ、当選番号の発表です!」
テレビの画面の向こう側にいる司会者がそう言うと、次々に機械から発射するダーツが、回転する数字の書かれたボードに刺さっていく。僕が買った枚数は5枚。天文学的な確率で当たる気がしない。僕は発表された当選番号を照らし合わせていった。
「2…5…6…」と司会者が順々に声を出し発表をする。自分の宝くじを見ると1枚だけ、数字が合うものがあった。「おお、ここまで合ってる。あと5桁合えば…10億!?」
「4…6…2…」自分の券も4・6・2と書いてある。10億まであと2桁。気持ちが高ぶっているのがわかる。ここまできたら当たってほしい。
「7…7…!」全ての当選番号が発表された!僕はすぐに宝くじを見た。
「7…7…」嘘だ!そんなはずはない。僕はもう一度テレビ画面を見て最初から確認をした。何回見ても自分の当選番号と一致している。これは夢なのか?自分の顔をビンタしたが痛い。どうやら現実らしい。
「やったー!!」
僕はこの上なく喜んだ。まさか10億を手にすることになるなんて。手の震えが止まらず、顔もニヤけっぱなしだった。僕はこういう時どうしたらいいのかわからなかったので、とりあえず「宝くじ 高額当選 受け取り」というワードを検索した。すると、指定された銀行のみで振り込みがされるそうだ。ただ、今日は土曜日。その銀行は土日休業とのことで、月曜日に改めて銀行に向かうことを決めた。パソコンを閉じ、もう一度宝くじを見た。そして自分が10億を当てたという優越感に浸った。もう会社なんて辞めてもいい。一生遊んで暮らせる。買いたいものを買って、女遊びに使って、旅行もたくさんしよう。次々と欲が湧き上がってきた。お金があればなんだってできる。僕は気分が良くなったので、外出することにした。
「今日という日を祝おうじゃないか」
僕はそんなことを思いながら外出の準備を済ませ、ビールとつまみを買いに、いつも買い物をするスーパーへと向かった。
スーパーへ向かう道中。僕はいろんな人を見下しては、自分が10億を当てた男という優越感に浸っていた。もうこんな普通な生活とはおさらばだ。「10億を当てた人」としてこれからテレビでも取材とかされるのだろうか。たった1枚の券で自分の人生が変わってしまうのかと思うと、これから先の人生、期待しかなかった。スーパーに着くと、買い物カゴを持ち、お酒売り場へと向かった。いつも飲むビール。今日は格別に美味いのだろう。そうだ、宝くじで当てたお金で、知り合いを呼んで、バーを1日貸切しようじゃないか。10億もあるし、そんなこと容易にできるだろう。そんなことを考えながら、ビールとお気に入りのつまみを買い物カゴに入れ、レジへと向かった。
「お会計は675円になります」
こんなちっぽけな金額、もはや見る気にもならないと思いながら、財布から小銭を出し、会計を済ませた。小銭も持たない日がもう少しでやってくるのだと思うと、笑いが止まらなくなりそうだ。買い物カゴに入った品物を袋に詰め、スーパーを後にした。
帰宅途中。
僕は宝くじを当たったことを誰に話そうか悩んだ。家族か?親友か?会社の同僚か?いやこのチャンスをくれた先輩に話すべきか。いろいろ悩んだ。
いろいろ悩んでいたことと、浮かれていることもあり、周囲への注意が散漫としていたのだろう。足元にバナナの皮が落ちていた。今思い返せばなぜバナナの皮が落ちていたのか謎でしかない。僕はそのバナナの皮を踏み、足元を滑らせ、気付いた時は僕の視界は空を見上げていたのだ。どうすることもできず、このまま転倒するしかないと悟った。僕はそのまま転倒したのだが、それと同時に体が重くなっていくことを感じた。なぜだか意識が遠のいていく感じがした。
僕は、なぜか目が開かなかったが、ようやく目を覚ました。目を覚ますと、そこは真っ白な空間が広がっており、さっきまで見ていた景色と明らかに違う。何が起こったのかわからないままだったが、何か特別なことが起きたことに違いない。そう思っていると、何もない空間から扉が現れた。そして、その扉から3人の黒服を着た男が出てきた。3人のうち2人は外国人で、身長も高く喧嘩も強そうに見えた。3人のうち1人は50代くらいのおじさんで、気弱そうな感じだった。そして、そのおじさんが自分の目の前に来ると、小さなアタッシュケースを渡した。僕はそれを受け取ると、次に中を開けるようにと、おじさんにジェスチャーで指示を受けた。僕はアタッシュケースの中を開けると、黒い腕時計と、一枚の紙が目についた。まずは紙を手に取り、そこに書かれているものに目を通した。
『あなたは、死にました。残された時間は、その腕時計に記された数字となります。この時間を有効活用してください。また、私たちセキュリティはあなたの行動に違反がないよう監視します』
僕は死んだのか!?これから10億を手にし、豪遊をするというのに。その事実を受け入れられなかった。そして、腕時計を手にすると「12」という数字が示されていた。この数字はどういうことだ。もしかして自分の命はあと「12時間」しかないというのか!
「あの、僕の命はあと12時間しかないということでしょうか?」
僕は黒服3人集に尋ねると、「そうだ」と言いたげに3人とも頷いた。
「そんな…」
僕は絶望した。まだ10億も手にしないまま死ぬなんて。天国から地獄へ突き落とされたような気分だ。無駄な時間はいらないから、早く死んだほうがマシだ。
「ちなみに、僕はどうやって死んだんですか?」
不本意な死だが、一応死因だけでも確認することにした。その言葉を受け、黒服3人集は説明を始めた。おじさんが「私があなたの役をやりますね」と言わんばかりのジェスチャーをすると、寸劇がスタートした。まず、道端にバナナの皮が置いてあり、そこに僕が歩いてきた。と、ここで黒服の外国人が道端に石ころを置いた。僕は浮かれながら歩いているとバナナの皮を踏み、転倒をした。すると転倒した先には石ころが。その石ころが僕の後頭部を直撃。打ち所が悪かったのか、そのまま死亡と。
「いや、僕の死に方、しょぼすぎませんか」
まさかこんな死を向かえるとは。絶望を通り越して、むしろ恥ずかしい。すると、黒服3人集が、この場から出るよう促した。外の世界でやり残したことを清算すれば良いのだろうか。清算することなどない。なぜならスタートラインにすら立てていなかったのだ。これから始まる矢先に死ぬなんて。僕は仕方なくこの場を出ることを決めた。
「どうやって出るんですか?」
そう質問をすると、黒服のおじさんが「このドアを開けるんだ」とジェスチャーをした。僕は言われたとおり、そのドアに手をかけた。扉の向こうから強い光が放たれ、僕は目をつぶりながらも、前へと一歩踏み出したのであった。
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