第16話「サラリーマン・高田正志」①




第4話 「サラリーマン 高田正志」



【今日できることを明日に延ばすな】

ベンジャミン・フランクリン(政治家・物理学者)



 これは、僕が死ぬ96時間前の話しである。どうしてこうなったのか、自分でもよくわからない。だが一つわかっているのは、僕の目の前に黒服を着た男が3人いて、僕のことを監視しているということ。僕の名前は「高田正志たかだまさし」25歳の、ごく普通のサラリーマンだ。ついさっき死んだのだが、なぜか生きている僕に、何があったのか。それまでの事の顛末を、順を追って話すことにしよう。


 「はたらく」とは、人が動くと書いて「働く」と表す。自分が社会に出て、日本を背負って生きていく。と、大それたことを言うのは、あまりにも荷が重いことだと思う。その志しは素晴らしいと思うが、自分の能力では足元にも及ばない。いや話しにならないだろう。毎朝7時に起き、仕度をし、7時半には家を出る。毎日同じ時間の電車に乗り、満員電車との付き合い。乗客もいつもの人しかいない。この車両の常連と言ってもいいだろう。30分かけて自分が働く会社の最寄駅に到着。電車を降りるのも常連ばかり。改札を出て、少し歩いて会社の自動ドアを抜け、エレベーターのボタンを押す。自分の周りの働く者は、あくびをしたり、スマホで朝のニュースをチェックしたり。自分は、ただエレベーターの数字が少しずつ1階へと近づくのをカウントする。着くと一番最初に中へ入り、ボタンに近いところへ立つ。一番若い者が、これくらい率先して操作するのだ。


 それぞれの止まりたい階のボタンを押し、扉を閉める。階が上がるにつれ、一人また一人と降りていく。そして、自分が降りる階へついた。エレベーターを降り、オフィスへ入る。

「おはようございます」

僕は自分の部署の“島”の人たちに挨拶をした。


「ああ、高田君おはよう」

 4つ年齢が上の上司に挨拶を返された。この人はいつも出社が早い。やる気に満ち溢れているのか、ただ単に朝来るのが早いのか。どっちでもいいか。僕には関係のないことだ。自分のデスクに着き、パソコンを起動させる。起動までに少し時間がかかるので、その間、携帯の充電器と、眼鏡を鞄から出し、一日の準備を始める。パソコンも起動したところで、メールを開く。受信トレイには、3件新しいメールが届いていた。内容を確認し、各所返信を済ませる。返信を済ませると、昨日やり残した仕事を確認し、作業に取り掛かることにした。


 午前10時。

僕は、上司に呼ばれた。

「高田君、この資料なんだけどできた?」

「すみません、もう少しで完成します」

「まだ完成してなかったの。昨日も言ったじゃない」

「すみません。30分以内には」

「いつも遅れるね、高田君は」

「すみません」

 自分のデスクに戻り、作業を再開させた。確かに、昨日までには完成させ、明日の10時には見せてほしいと頼まれた。ただ僕は明日の朝から始めれば間に合うと思っていた。だから昨日の自分はやらなかった。しかし、今日になって意外と時間がかかってしまった。だがもう出来上がる。あと少しで完成するから、少しくらい待ってくれてもいいじゃないか。そう思いながら、30以内には完成させ、上司に確認をしてもらった。

「うん、資料はこれでいいよ。でも、やればできるのにいつも締め切りを超えちゃうよね」

「すみません」

「頼むよほんと」

 僕は上司に謝り、デスクに戻った。資料はいいのに何で怒られなきゃいけないんだ。少し不満だったが、それを声に出さないようにした。


 その後も、自分の振られた仕事を淡々とこなし、時刻は16時になった。オフィスにはテレビが4台置いてあり、4台とも同じチャンネルだが、テレビが見られる。その日、夕方のニュースで取り上げられていたのは、サラリーマン・OLが宝くじを購入するかしないかの特集だった。インタビューを受けているサラリーマンやOLに「1か月で1度は宝くじは購入しますか?」という質問をしていた。僕は、その回答を見て驚いた。意外や意外、男性サラリーマンのほうが「宝くじを購入する」と答える人が多かったのだ。

「一度は当ててみたい」

「何もしないより、こうやって当てる確率があったほうが夢がある」

「最高で5万円当てたことがある」など。様々な回答が挙げられた。


 「宝くじね・・・」

お金があれば、一生生活に困ることはないだろう。しかし、何億もの大金を当てようなんて不可能に近い。確率の話しを自慢げに話されても、当てなきゃそんなもの意味がない。そもそも本当に当たると思って買っているのだろうか。僕が言うのもなんだが、堅実にコツコツと貯めていくことが一番いいのではないか。だいたい楽してお金をもらえるなら僕だって宝くじを買うかもしれない。しかし、そんな大金を当てたという人を、聞いたことが無い。なら買う必要はない。僕は頭のなかでそう考えていたとき、隣に座っている上司に声をかけられた。

「高田、宝くじ買ってみたいと思うか?」

「僕は、そんな興味ないです」

「そうか。俺は興味あるけどなー。一攫千金、夢があるじゃないか」

「そうですか?そんなことにお金を使うなら、僕は貯金します」

 冷めた態度を見せた僕に感化されたのか、テンションが下がる上司。僕は言葉の選択を間違えた。ここは適当に上司の話しに合わせるべきだったかと後悔したが、もう取り戻せそうにもない。謝ろうと思ったが、先に上司が話し始めた。

「なあ、帰りに駅前の宝くじ売ってるところで、何枚か買ってみないか?」

来た、この言葉。次に「高田、宝くじ買わなさそうだし、この機会に一回買ってみたらどうだ」と言ってくるに違いない。せめてもの罪滅ぼしとして、とりあえず話しを合わせるかと、心のなかで思った。

「高田、宝くじ買わなさそうだし、この機会に一回買ってみたらどうだ」

やっぱりそうきたか。

「いいですよ。試しに買ってみようと思います」

僕は、嫌々で宝くじを買うことが決まった。

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