第15話「オタク・岡村拓海」⑧【完結】

 時刻は23時59分。

残す時間は1分を切った。

「ねえ、最後にもう一回、手握ってもいい?」

「はい」

僕は手を差し出し、その手を堀田さんが握る。

「あーあ、最後くらいもっとかっこいい人の手握りたかったなー」

「ちょっと、傷つくんでそういうこと言わないでください」

「フフフ、冗談だって」

その時だ。

どこからか、時計のタイマー音が聞こえると、僕の視界が少しずつ暗くなっていった。遠のいていく意識のなかで、僕は願った。

「堀田灯理を生き返らせてください」




【ブログ】

10月20日 23:30 

タイトル:堀田灯理


皆さん、こんばんは。

本日の握手会、ありがとうございました。

皆さんと話す機会のある握手会は、私にとって一番楽しい時間でした。

笑わせに来てくださる人。真面目に話しをしてくださる人。応援の言葉を伝えてくれる人。皆さんに支えられて、私はアイドルを続けられてきました。


そして、突然の卒業発表。

驚かせてしまい、申し訳ございませんでした。

私なりに考えたことです。

この決断は本当に悩みました。でも、応援してくれた皆さんのことを信じて発表させていただきました。


 私がこのグループに入ってから、いろんなことがありました。最初は、ファンの方が少なくて、握手レーンでは列が途切れてしまうこともあり、悲しい思いもしました。でも、少しずつお仕事をいただけるようになってから、ファンの方が増えてきて。今ではたくさんの方が私のもとへ足を運んでくれました。


 私は、心の弱い人で、何かにつまずくたびに長い時間悩んだり、よく泣いたりして、アイドルを辞めたいと思ったこともありました。それでも笑顔で頑張ろうと思えたのは、ファンの方の声援があったからこそです。だから、握手会の日が来るたびに、皆さんに会えるって思うと頑張ることができました。お互いに笑って話せた数は、どのレーンにも負けない自信があります!


「堀田さんの笑顔を見るとこっちまで笑顔になります」と言われたことがあります。でもそれは、私も同じ気持ちでした。笑顔で踏み出すことができたのは、皆さんの笑顔が自然とそうさせてくれました。気がついたら、心の底から笑うことができました。

私が強くなれたのは皆さんのおかげです。


本当に。本当にありがとうございました。


 皆さんとは、心で繋がっていると思います。離れていてもきっとそうに違いないと私は信じています。だから、またどこかで会える気がします。その時はまた、こんな私ですが温かく迎え入れてくれると嬉しいです。


最後になりますが、私の大好きなこのグループを、これからも応援してください。宜しくお願いします。


それでは、皆さま。

また笑いあえたらいいな。

今までありがとうございました。

                         堀田灯理







目を開けると、そこには知らない天井が広がっていた。

「ここはどこ?」

すると隣から聞き覚えのある声が聞こえた。

「灯理!灯理、私のことがわかる?」

「お母さん…?」

「そうよ!今、お医者さん呼んでくるからね!」

そう言うと母は、どこかへ行ってしまった。

私は死んだのではないのか。気が付くと私はベッドで寝ており、口には人口呼吸器をつけ、腕を見ると注射針が刺されており、それを辿ると点滴が打たれているのがわかった。


 少しして、母がお医者さんを連れて戻ってきた。

「信じられない。1か月間、よく頑張りました。これは奇跡としか言いようがありません。すぐ処置にあたりましょう」

どうやら、私は1ヵ月間も目を覚まさなかったらしい。そして今、意識が戻った。母は私にすがるように泣いていた。その姿を見て、私は生きているんだという実感を、少しずつだが感じた。



私は『生き返った』のだった。



 そして、私が目を覚ましてから1か月後。

治療は順調に進み、無事退院をむかえることができた。そして、もう一度、自分がいたアイドルグループへ戻ることができたのだ。メンバー、スタッフ、ファンの方々に心からの感謝を伝えた。また1からやり直せばいい。ファンの方はきっとついて来てくださると私は信じているから。そう心に誓い、アイドル人生の再スタートを歩み始めたのだった。





 時は過ぎ、あの事故から早いもので一年もの時間が経った。

再スタートしてからいろんなことがあったと思い出しながら、私はあの電車事故の現場へと向かったいた。最寄りの駅から少し歩いて事故現場に着いた。今では真新しく修理された跡があり、事故の惨劇こそ残ってはいなかったが、人々の記憶には残るものとなっていた。


 私は事故現場の一番近く、車両が建物に突っ込んだであろう場所まで向かい、その場で黙祷をし、花を置いた。

「タク君聞いて!私、次のシングルでセンターが決まったの!すごいでしょ!あっ、でもこれ、まだ世間に公表してないから、秘密にしておいてよね。タク君すぐ友達に言いふらしそうだし」

私の伝えたいことは済ませた。そのことを伝えると何だか不思議と頑張れる気がした。聞こえはしないが、繋がった心で応援の声が聞こえたような気がした。

「だから、ちゃんと見守っててね」

私は深く頭を下げて礼をして、その場を後にした。


 最寄り駅に着き、改札を抜け電車を待った。電車が来るには、まだ時間はかかりそうだった。ふと思い出したかのように、鞄から一枚の握手券を取り出した。そして、そこに書かれたメッセージを見返した。


『堀田灯理のことを一生応援します!世界一の堀田灯理オタクことタクより』


「ほんと、タク君ってバカだなー」

「でも、ありがとう。私、頑張るね」


堀田灯理。19歳。職業アイドル。応援してくださるファンのために、この繋がりを忘れずに、ファンの方と一緒に前へ進んでいきます!

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