第13話「オタク・岡村拓海」⑥

「お腹すいちゃった。ご飯食べに行かない?ねえ聞いてる?」

「ああ、ご飯ね」

 僕は遅れて返事をした。今、自分の隣に堀田さんがいる。ありえないことが起こってる。いや、もう死んでるのに生きてる時点でありえないことだが、それを超えるくらいの出来事が、目の前で起きているのだ。とりあえずご飯を食べるということが決まったので、近くのレストランに入った。店員にテーブルを案内され、席に着く。堀田さんがメニューを手に取るとどれがいいか選び始めた。

「タク君は何食べるの?」

「うーん…」

「ねえ、ハンバーグ食べない?ハンバーグにしよ!」

指さした先には450gのハンバーグだった。そういえば、すごい食べる人だったっけ。そんなことを思い出していると、勝手に呼び出しのボタンを押し、店員を呼んだ。

「すみません。この450gのハンバーグ2つで」

「ちょっと待った。僕もそれなんですか!?」

「最後の晩餐くらい、たくさん食べておいたほうがいいって」

「いや、だからってそれは」

「とにかくこれで」

「ソースはどうなさいますか?」

「2つともガーリックで」

「かしこまりました。少々お時間かかります。ご了承ください」

「ご了承しましたー」

勝手に注文を進め、僕も同じものに決まった。


 「ハンバーグ。ハンバーグ!」と一人テンションの上がる堀田さん。最初は緊張していた僕だったが、これが普通であることを少しずつ思いだし、落ち着いてきた。そして目の前にいるのは、アイドル堀田灯理ではなく、『堀田灯理』という一人の女の子だったことに、ようやく気付いたのだった。すると堀田さんが鞄から携帯を取り出し、何やら作業を始めた。

「何してるんですか?」

「最後のブログ書いてるの。だってもう死んじゃうし」

そう言うと、今日の握手会のこと、そして自分がアイドルを辞めることを淡々と書き始めた。僕はその様子を見ていた。

「何、さっきからジロジロ見てるのさ」

「いや、初めて見るから。ブログ作ってるところ見るの」

「フフフ。そうだね」

 少しして、ハンバーグのセットについているサラダがテーブルに運ばれた。僕は目の前にいる堀田さんに気を遣いながら食べようか食べないか迷った。

「ねえねえ!今日のブログこんな感じだけどいいかな?」とスマホを僕に見せてきた。文章の内容としては真面目な内容。そして自分がアイドルを目指そうと思った経緯や、これまでのことを振り返った内容。最後は、ファンの皆さまのおかげでここまで頑張ることができたということ。すべてに心がこもった文だった。

「どうかな?」

「うん、今までで一番いいブログ」

「ほんとに?良かったー」

「真面目なところが、堀田さんのいいところだから」

そう伝えると、堀田さんは嬉しそうに笑った。その顔が見れて僕も嬉しくなった。何度も堀田さんの嬉しそうな表情は見てきたが、これもまた、今までで一番いい顔だった。

「よし、じゃあブログ送信っと」

ブログの送信ボタンを押し、ブログは送信された。あとは検閲が入り、ブログがアップされるのだろう。それと同時に、注文していたハンバーグとライスとスープがテーブルに運ばれた。大きなハンバーグがホットプレートに乗せられていたが、パッと見て食べきれる気がしなかった。

 「ソースはご一緒にお持ちしたホットプレートにございます。また、大変熱くなっておりますので、お気を付けください」と店員は説明をするとテーブルを離れ、ほかの客の対応へと向かっていった。


 「いただきまーす!」と堀田さんが元気よく言うと、ハンバーグにソースをかけた。ジューと音を立てると白い煙が上がり、周りにガーリックの匂いが広がった。白い煙が弱まると、ナイフとフォークを持ち、ハンバーグを切り始めた。中からは肉汁が出てくる。一口サイズに切ると、息を吹きかけ冷ましてから口へと運んだ。

「美味しい!」

堀田さんは幸せそうな顔をした。ご飯を食べるときは本当に幸せそうな顔をするなこの人はと思いながら、僕もハンバーグを食べ始めた。こんなに幸せな食事な時間はあっただろうか。目の前にいる堀田さんを見ていると、時間のことを忘れてしまいそうだった。僕はハンバーグをゆっくり食べ進めていたが、堀田さんのペースは落ちないまま、もうそろそろ完食というところまできていた。「いや、早すぎだろ。本当に女子の胃袋か?」と驚いた。


 気づいたころには僕の完食待ちだった。今度は、僕が食べている姿をジロジロ見られていた。正直、もう食べきれそうにない。残そうか迷っていた。それとあまりジロジロ見られると食べるのも緊張するではないか。あまりにも見つめてくる堀田さんに、声をかけた。

「堀田さん、今何考えてるか当ててあげましょうか?」

「なにー?」

「男のくせに食べきれないのかよって思ってるでしょ」

「うーん…半分正解かな」

「じゃあ、残りの半分は?」

「食べきれないなら、私が食べちゃおっかなーって」

この期に及んで、まだ食べると。どんな胃袋をしてるんだ。しかし、その表情は余裕そのもの。むしろ、より残さないかなみたいな表情をし出した。僕は心が折れたのか聞いてみた。

「じゃあ、僕の分も食べますか?」

「えっ?いいの!」

明らかにその言葉を待っていただろと内心思ったが、口には出さなかった。

「どうぞ、もらってください」

「やったー!」

そう言うと、ホットプレートを自分の近くに持っていき、先ほどと同じペースで食べ始めた。恐るべし、堀田灯理。その姿はフードファイターそのものだった。そう考えると可笑しく思えた。不思議と僕は笑ってしまった。

「あっ!今、私のこと食べ過ぎ女とか思ったでしょ」

「そんなことないですよ」やっぱバレてたか。


僕のぶんまで完食をし終えた堀田さんは満足げだった。少し休憩をしたのち、お店を出ることにした。もちろん、会計は僕の奢り。人生で最初で最後のアイドルの食事を奢るという経験した僕は、少しだけ優越感に浸った。

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