第12話「オタク・岡村拓海」⑤
僕とさくまで連番をし、最後の握手へと向かった。
僕は、10枚まとめ出し。さくまは8枚まとめ出しをした。話す時間は1分弱といったところだろうか。前の人もまとめ出しをしており、長いこと話をしていた。僕たちの番が近づいてきた。
「タクさん、いつも以上に緊張してきました」
「さくま、声震えてるぞ」
「だって最後ですよ!声くらい震えますよ」
僕も話すとき、声が震えるんだろうなと思いながら、さくまの様子を見て笑った。自分が最後に話すこと。もう決めてある。自分がオタクを続けてきてこれたのは、ひとえに堀田さんのおかげといっても過言ではない。次、自分が話すことが叶うのならば、僕は心置きなく死ねる。握手する人が次々に退場し、ようやくさくまの番がきた。僕はその様子を後ろから見ていた。
「堀田さん、これが最後の握手になります」
「あっ、さくま君も最後か」
「急すぎてびっくりしましたが、今日も告白しますね」
「出た、いつものやつ」
「堀田さん、最初に見た時から一目惚れでした。いつも笑顔で活動している姿は、本当に僕の心の支えでした。だから…」
「だから?」
「これからも僕のそばで心の支えとしていてください。好きです!結婚してください!」
「うーん…いいよ!」
「えっ!ほんと!?」
「嘘!私はアイドルなんだから恋愛禁止なの。残念だったね~」
「そんな~」
「でも、さくま君が毎回そういうこと言ってくれて、本当に私のことが好きなんだなってわかって。嬉しかったな」
「だって本気で言ってたし」
「だから嬉しかったの。本気でそう言ってくれるのさくま君だけだもんね」
「いいこと言ってくるじゃん!」
「ほら、泣かないの。私、泣いてる男の人嫌い!」
「泣いてないし。目にゴミが入っただけだし」
「はいはい。言い訳しなくていいから」
「じゃあ、お別れですね。またどこかで会えるといいな」
「きっと会えるよ。じゃあ、またね。今まで、本当にありがとう」
さくまの握手が終わった。さくまの話しを聞いて、すでに泣きそうになりながら、握手が始まった。
「堀田さん。これが最後の握手です」
「タク君は、いろんな意味で最後だね」
「いや、笑って言うことじゃないですからね」
「フフフ」
「堀田さんに会えて本当に良かったです。僕が堀田さんを応援する前は、友達も少なくて、話す機会もなくて。でもこうしてオタクを始めていろんな人に出会うことができて。堀田さんがいなかったら、今の僕はいませんでした」
「そっか。役に立ててよかった」
「堀田さんは優しいですよね。いつも自分はファンの人に支えてもらってますって話してて。そういうところが好きでした」
「もしかして、タク君も告白してる?」
「そのつもりでした…」
「もう二人して告白するなんて選べないな~」
「どうせ、嘘なんでしょ」
「ん、なぜバレた」笑って答える堀田さん。
「いやいや、わかりますよ」僕も笑って返した。
「ねえ、もし死んじゃったとして、向こうの世界でも会えると思う?」
突然の質問。僕は返す言葉を考えた。
「会えるなら、会いたいです」
「会えるかな?ほら、私、一人じゃ心細いし」
「その時は、僕が探しに向かいます」
握手の時間は終わりが近づいていることはわかっている。自分が堀田さんに言いたかったことを言わなければならない。自分にしかできないこと。
「じゃあ、一緒に行きませんか?」
「え?」
「今日の握手会終わりに会いませんか。一緒に向かいませんか。あの場所に」
堀田さんは黙ってしまった。握手の時間が終わり、僕は剥がしの人に出るよう肩を掴まれた。僕は堀田さんが答えてくれるまで、その場を動きたくなかった。だんだん、剥がしの人が力強くどかそうとしてくる。
「堀田さん!あの事故があった1駅前、○○駅で待ってます。一人で行かせないです。僕も一緒に行きますから!」
堀田さんは下を向いたまま答えてはくれなかった。僕は二人の剥がしの人に腕を掴まれたままレーンを追い出された。
「こういうことはやめてください。ほかの方に迷惑をかけてしまうので」
僕は注意を受けた。周りの人にも笑われた。何をしているんだ。最後の最後。それは自己満足な握手とはいえ、恥ずかしかった。
「タクさん、最後まで粘ったみたいですけど、何話したんですか?」
「ちょっとね…」
「また話してくれないんですね。まぁ、聞かないほうがいいみたいですね」
そこに、ハルトがやってきた。僕とさくまの肩を叩き、慰めてくれた。
「どうだった、最後の握手は?」
「なんか、今までで一番申し訳ないことしたかも」
「まぁ、それがベストだったんじゃない。後悔しても仕方ない」
ハルトの言葉で自分の後悔の念が少し晴れた。やり残したことはない。
会場には、堀田さんの握手の受付終了のアナウンスが流れた。堀田さんのレーン前には、たくさんの人が集まっていた。最後、会場からはけていくのを見届ける人たちだった。僕らもその中に混じった。しばらくして、最後に握手をした人が出てきた。遠くから、堀田さんの姿が見えた。こちらに手振っている。それに応えるように僕たちも手を振った。そして「ありがとうございました!」とマイク無しの大声で言い、深々と頭を下げた。僕たちは拍手をし、堀田さんの最後を見届けたのだった。
ハルトとさくまと一緒に会場を後にした。僕とさくまは泣き崩れ、それを引っ張るかのようにハルトに連れられた。
「お前ら泣きすぎだろ」
「ハルトさん。だって、もう堀田さんに会えないんですよ」
「そうだぞハルト。クールぶってるお前だって推しメンが卒業するって言ったとき絶対泣くぞ」
「まぁ、その気持ちはわかるけどさ」
会場の最寄駅まで向かった。僕はもう、この2人には会うことはない。話すこともこれで最後だ。
「タク、お前推しメンいなくなって大丈夫か?死ぬんじゃないか心配なんだけど」
「そんなことないって。もうアイドルオタクはしない。堀田さんに始まり、堀田さんで終わる。それだけだ」
「まぁいいけどさ。気が向いたら、また現場来いよな」
行けるなら…。いや、たぶん生きていても行かなかったと思う。それくらい、自分には堀田さんしか考えられなかった。最寄駅に着いたのは午後5時。ハルトとさくまは同じ電車だが、僕は違う電車で向かわなければならない。本当に最後のお別れだ。
「じゃあ、タク。俺、さくまのこと世話しなきゃいけないんだわ。ここでお別れだ」
「タクさん、また今度、堀田さんについて話しましょう」
「そうだな。さくまとはいろいろ話さないとな」
「ハルトもオタク続けるなら、最後まで応援してやれよな」
僕は、2人に遺言を残した。
「じゃあな、タク。また会場で会おうや」
「じゃあな!それまでオタクやってろよな!」
最後の別れは、普段どおりの会話で締めくくられた。
僕は、今朝あった電車事故の最寄駅の1つ前の駅にいた。時刻は19時。堀田さんに話したこと。「一緒に今朝の現場に向かおう」という約束。自分でもバカなことをした。絶対に来るわけがない。だが、心のどこかで期待をしていた。もし、来てくれたなら。そう思うと、駅から離れられないでいた。僕の隣には、黒服3人集がいた。3人はさっきまでの浮かれている表情は見せず、僕の死を刻々と待っていた。20時。21時。時間は過ぎて行った。駅の改札からは続々と人が出てくる。僕はそれをずっと見送っていた。あと一本。あと一本電車が着いて現れなかったらここから離れる。未練がましいことをしていた。ついに時刻は22時になった。
「さすがに来ないか」
僕は諦めかけていた。次の電車で降りてこなかったら、ここを離れようと決心した。パラパラと改札口から人が出てくる。しかし、そこに堀田さんの姿はなかった。
「期待した自分がバカだったな」
僕はようやく駅から離れることにした。やっぱ無理だ。そう思った。
その時だ。後ろから肩を軽く叩かれた。僕は、黒服3人集がしびれをきかせて、その場から動くよう指示されたのだと思った。
「はいはい、向かいますよ」と言い、僕は後ろを振り返った。
しかし、振り返った先にいた人物は、僕の予想とは違った。見覚えのある女性だった。
「へへへ。タク君に呼ばれたから来ちゃった」
僕はあまりの出来事に、顔が赤くなってしまった。
「ほら、一緒に行こ。私一人じゃ寂しいからさ」
そこには、先ほどまでアイドルだった人物が、笑顔で立っていたのだった。
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