第11話「オタク・岡村拓海」④

 1回目の握手が終わり、剥がしの人に立ち退くよう肩を押された。

「また後で来ます」という言葉を残し、レーンをあとにした。僕は事の重大さに気づいた。堀田さんが今日卒業すると言った理由がわかった。これは僕だけにしかわからないことだ。僕は、黒服3人集に聞いた。

「一度死んだ人が、もう一度生き返ることはないのか!」

黒服3人集はどうすることもできないと言いたげな表情で、うつむいた。

「どうして、こんなところで堀田さんが死ななきゃならないんだよ!」

周りから、視線を感じた。僕は周りには見えない人と話しているのだ。不思議がられても仕方がない。僕は、逃げるようにその場から離れた。少し離れたところで、僕はさくまと合流した。

「タクさん、どうでしたか?」

「うん…」

僕は複雑な気持ちで返事をした。

「なんかありました?」

「いや、急に卒業するって言われちゃってヘコんじゃってさ」

「僕もです。だから、卒業しないでくださいって言ったら、今まで私のこと応援してくれてありがとうって言ってくれて」

最後まで、応援してくれたファンに優しい堀田さんに、泣きそうになってしまった。いつも自分のことよりも相手のことを考えてくれる堀田さんが、僕らにとっての支えであったのだ。大げさではあるが、こればかりはわかってもらいたい。僕とさくまはもう一度、堀田さんのレーンへ戻った。次は僕が先に握手に行き、さくまが時間を空けて列に並んだ。堀田さんに聞きたいこと。なぜ死んだのか。僕には話してくれるかもしれない。そんなことを思いながら、少し筒、堀田さんへと近づいていった。そして、僕の番がやってきた。

「堀田さん、さっきはびっくりしました」

「まさか、タク君も死んじゃってるなんて」

「どうして、堀田さんは」

「朝の電車事故があったでしょ。それに乗ってたの」

「それ、僕も一緒…」

「えっ、嘘…」

「本当です。同じ電車に乗ってたみたいですね」

「そうみたい。でもタク君と同じ電車乗ってたとか嫌だなー」

「なんかすみません」

「冗談だよ!」

と笑いながら答える堀田さん。なんでこんなに明るく振舞えるのだろう。明日死ぬってわかってるのに、どうしてそこまで強く生きられるのだろう。僕は「またあとで来ます」と言い、レーンから出た。僕はさくまが出てくるのを待つことにした。5分後。さくまがレーンから出てきた。またも暗い顔をしていたさくまに、僕は声をかけた。

「どうしたんだよ、そんな暗い顔して」

「どうしても、堀田さんが卒業するのが、受け止められなくて」

「さくまらしくないじゃん。ネタやって笑かして帰ってくるのが仕事だろ」

僕はさくまに、励ましの言葉を言った。

「そうですけど…」

「堀田さんレーンであんなにバカやって、ネタができるのはさくまだけだろ。ここで元気無くしてどうするんだよ。最後まで元気に見送ってあげようぜ」

さくまは無言になり、いろいろ考えているように見えた。

「タクさん、そうですよね。僕なんてネタやってなんぼですよね」

いつも通りのさくまに戻ったのがわかった。しかし、残された握手券の枚数はお互いわずかだった。僕らは一度、握手待機ゾーンから出た。僕は最後の握手で何を話そうか考えた。


 第3次握手会が終わり、第4次握手会の準備が進められた。堀田さんが握手をするのが、これで最後になる。僕は堀田さんのレーンへ向かった。レーンにはすでにたくさんの人が並んでいた。そして、握手が終わった人を見ていると、泣きそうな表情をしている人や、心惜しい感じの顔をしている人がたくさんいた。僕も列に並ぶことにした。手持ちの握手券は12枚。話す内容は決めてある。まずは1回目の握手。


「また来ました」

「おっ、タクがきた。ありがとう」

「昨日のテレビ見ましたよ。相変わらず絵が下手でしたね」

「下手って言わないでよ!あれでも頑張ったほうなんだからね」

「さすが、画伯って言われるだけはありますね」

「それ、絶対褒めてないでしょ!」

「バレちゃいましたか?」

「ほら、やっぱバカにしてるじゃん!」

いじられているのはわかりつつも、笑顔で返してくれる堀田さん。僕は時間になりレーンを出た。そしてすぐ列に並び、ループし始めた。次の握手へと向かった。

「堀田さん、アイドルをやっていて一番楽しかった瞬間って、なんでしたか?」

「うーん…いろいろあるんだけど」

「やっぱ、選抜復帰したときかな!」

「ああ、あのとき」

 僕はその瞬間を思い出していた。それは今年の春だ。堀田さんは選抜から一度だけ外れた時があった。その時はひどく落ち込んでいたのを覚えている。ブログでも元気であることは気丈に振舞っていたが、元気がなかったのは、なんとなくだがわかっていた。冬のシングルは選抜から外れたが、春のシングルで選抜復帰。発表があった日ブログがきた。堀田さんに、いつもの元気が戻った瞬間でもあった。

「僕もあの時は嬉しかったです」

「だからね、私、アイドルが大好きなんだなって」

「たくさんの人の前に出て、たくさん笑顔になってもらう。応援してきてくれた人に感謝しないとなって」

「僕なんて、堀田さんに感謝しきれないほど、たくさん笑顔になることができました」

「堀田さん、次が僕の最後の握手になります」

「わかった。待ってるね」

僕はレーンを出た。レーンを出た先には、さくまが立っていた。その表情は今にも泣きそうだ。

「タクさん、僕、次が最後の握手なんです。最後の握手、好きです告白してきますよ」

「俺も、次で最後の握手にしようかなって思ってるんだけど」

「最後、連番しませんか?」

「じゃあ、その様子を後ろから見てようかな」

「いいですよ。最後、バシッと決めてきます!」


 第4部握手会の時間も、そろそろ終わる。堀田さんが握手会に参加するのも時間が迫ってきた。僕たちは、その時間が来るなと、強く願った。

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