第10話「オタク・岡村拓海」③



 その一言を残し、堀田さんは会場の奥へと戻って行った。会場には「なんでやめちゃうの!」「急すぎて気持ちの整理がつかない」などと、急な引退発表に騒然とした。僕もさくまも、あまりの出来事にお互い言葉を失った。このあと、どんな顔をして会えばいいんだ。どんな言葉をかけてあげればいいんだ。僕は悩んだ。第2部の休憩時間も終わり、第3部握手会が始まろうとしていた。ハルトとさくまとと共に、握手レーン前まで向かった。堀田さんの握手レーン前は、先ほどの卒業発表で話題になっていた。

「急に辞めるなんて。しかも今日辞めるなんてありえないだろ」

「この先の握手券も買っちゃってるし、お金もったいないことしたなぁ…」

「自分勝手すぎるだろ。急に辞めるとか」

「もしかして、彼氏でもできちゃったか」

僕は聞くに堪えないことばかりを耳にした。この人たちは、堀田さんを応援してきたんじゃないのか。自分勝手すぎるじゃないか。最後の最後まで応援するのが、筋ってもんじゃないのか。僕は、言ってやりたかった。しかし、そんな勇気もなかった。


「おい!それでも堀田さんのファンかよ!推しメンのことは、何があっても最後まで応援してやれよ!」。さくまが、大声で言ったのだ。そこにいた人たちが一斉にさくまのほうを向いた。「なんだこいつ。気持ち悪いな」と言われながらも、さくまは堂々とした態度で仁王立ちをしていた。僕はさくまに話しかけた。

「さくま、よくあそこであんなこと言えたな」

「言ってやりましたよ。だって腹立つじゃないですか。あんなこと言われて」

僕の気持ちを代弁してくれたさくまが、少しかっこよく見えた。僕も堀田さんのために何かしてあげたい。それに、僕も最後だ。思い切りも必要だ。

「じゃあ、タクとさくまは堀田ちゃんレーンだな。俺、ほかのとこ行くわ」とハルトは言い、その場で別れた。僕とさくまはどちらが先に行くか。それとも連番するか話した。話し合いの結果、別々で行くこととなり、さくまが先に列に並んだ。少し間を空け、財布から握手券を取り出し、僕も握手列へと向かった。


 そういえば、一つ忘れていたことがあった。

僕の後ろにいる黒服3人集だ。相変わらず周りの人には目をつけられない。こんなに変なやつらなのに。アイドルに会わせてやると言った手前、こんなやつらに見られるのも正直言って嫌だ。3人の顔を見ると、初めてきたアイドルイベントの現場に興味津々。楽しそうにしているのがよくわかる。さっきあんなことがあったのに、こっちは心のダメージ大きいんだぞ。僕は、仕方なく聞いてみることにした。

「あの、アイドル見たいんですよね?」

「見たいに決まってるだろう!」と言いたげに興奮している。仕方ないと思い、僕は心が折れた。

「じゃあ僕の後についてきてくださいね」

3人は喜びのガッツポーズをした。この仲良しな感じはなんなんだろうか。財布から免許証を出し、受付にいる女性に渡した。身分確認も終わり、列へ並んだ。何を話そうか。なぜ卒業するのか。正直、これ以外のこと以外思いつかない。しかし、なかなか触れてはいけないような気もするし。


 僕は、一人、また一人と握手をし終わった人を見ていた。深刻そうな顔をしている人もいれば、堀田さんが卒業するということで、泣いている女の子もいた。僕の番が少しずつ近づいてきた。あと2人というところで、ようやく堀田さんの顔が見えた。その顔は、悲しそうな表情をしていた。今、波に乗ってきたにも関わらず、卒業してしまう。普通に考えて、卒業する理由が見当たらない。本人の事情なら仕方のないことだが、どうしても気になってしまう。あと一人。次が僕の番だ。後ろを振り向き、黒服3人集がいることを確認した。気にすることはない。そう言い聞かせた。ついに、自分の番がきた。


「あかりさん、こんにちは」

まず、僕は挨拶をした。そこには少し元気のない堀田さんがいて、ぎこちなく「おはよう」と返してくれた。僕はここで、ある違和感を感じた。堀田さんの後ろに、黒服を来た3人が立っている。「黒服3人集…?」そう思っていると、僕の後ろにいる黒服のおじさんが肩を叩いた。おじさんのほうを向くと「俺、あの黒服集団知ってる」とジェスチャーをしていた。

「まさか…」

僕は気になって、堀田さんの腕を見た。その瞬間、愕然とした。左腕に黒い腕時計をしていたのだ。

「堀田さんもしかして…」

僕が聞こうとしていたことを察したかのように、話し始めた。

「タク君と一緒みたい。その後ろにいる黒服の人。私にも見えてるよ」

僕は確信した。


「堀田灯理は、今日死ぬんだ」




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