第9話「オタク・岡村拓海」②
扉の先は、握手会場の最寄り駅だった。時刻は8時30分。僕の延命は今日の24時までのようだ。僕は何かの気配を感じ、後ろを振り向いた。すると、そこには黒服3人集が立っていた。
「あっ、ご勤めご苦労様です」
どうやら僕と握手会に来るようだ。剥がしのバイトにうってつけだなと思った。そんな冗談を言いつつ。僕は気になっていた電車事故の様子を検索した。ネット記事には電車が建物に突っ込んでおり、車両は無残な形になっている画像がアップされていた。運転手は即死。ほかの乗客は死亡や意識不明の状態との報道がされていた。原因はスピードの出し過ぎが原因で、線路が雨の影響で滑りやすくなっていたのも影響しているのではないかと報道されていた。ニュースキャスターや、専門家などがこの事故について言及しており、また鉄道会社の関係者は謝罪をしていた。
「謝罪で済むなら、苦労しないよ」
僕は愚痴をこぼしながら、そのまま握手会場へと向かった。会場には、すでに人が列を作り、会場内に入るのを待つ人でいっぱいだった。相変わらずの人の多さには慣れたが、オタクの朝は早い。自分も列の最後尾に入り、開場を待つことにした。列に並ぶと、今朝の電車事故について話題になっていた。
「こんな事故、滅多にないことだよな」
「損害賠償とか、えらいことになりそう」などと話していた。
損害賠償では済まない、命を失っている人だっているのに、そんなことで済まされてたまるか。現に僕は死んだんだぞ。と言っても信じてもらえそうにもないし、言ったら僕の後ろで見張っている黒服3人集に怒られそうだし。それにしても、周りの人には見えないらしい。死んだ者にしか見えないとでも言うのか。黒服3人集を見ると、なんだかウキウキしているように見えた。
「あっ、もしかしてこういうの初めてですか?」
そう質問すると、うんうん頷く3人。
「あの、アイドルに会えるのは僕だけですからね」
「えっ!俺たち会えないの!?」みたいな表情をする3人。「いや、会いたかったのかよ」と、笑ってしまった。
「なんなら、僕の後ろ着いてきますか?」
おお!と、ガッツポーズをする3人。どれだけ嬉しいのか知らないが、今日イチのテンションを見せた。そんなやり取りをしていると、ある人物に声をかけられた。
「タク、今日は早いじゃん」
「おお、ハルトか」
「あとで、合流しようぜー」
「りょーかい」
僕のオタク友達のハルト。同じ年で、オタクの歴も自分と同じくらい。推しメンは僕と別だが、話しはよく合うし、お互いの推しについて話しが盛り上がる仲だ。ハルトも列に並んだ。会場にやってくる人は、まだまだ増えるようだ。僕は、Twitterを開き、ほかのオタクのつぶやきを見ながら、開場されるのを待った。
20分後
開場されたのか、少しずつだが列が動き始めた。僕もそのあとについて行った。会場に入ると広々としたホールに、各握手レーンが準備されていた。握手待機場所に行くためには、まず荷物チェックがある。この荷物チェックも果たして意味があるのかわからないような確認の仕方だが、建前ではしないといけないことなのだろう。僕は荷物検査と金属探知のチェックを済ませ、待機場所へと向かった。時刻は10時。すでに各握手レーンには人が並んでいた。僕はハルトと合流するまで、列には並ばず待つことにした。
少しして、ハルトと合流した。
「おう、待っててくれたんだ」
「まだ時間あるし、先にハルトと合流したほうがいいかなって」
「それより、今朝の電車大丈夫だったか?お前、会場来るときの電車あの路線使ってくるからさ」
「事故のせいで、わざわざ違う路線で行く羽目になって大変だったわ」
さすがに事故で死んだなんて言えない。信じてくれるわけもないだろう。
「まぁ良かったわ、無事に会場来れたみたいだし」
「今日も握手会楽しもうぜ」
僕らが話しをしていると、間に割ってもう一人の人物がやってきた。
「タクさん!ハルトさんも一緒じゃん!」
「さくまか。おはよー」
さくまは僕の2つ年下で、オタクの歴は半年ほど。僕と同じ推しメンを応援している。話しは面白いし、握手をするときもよく喋るやつだ。
「タクさん、今朝の電車大丈夫でした?大事故でしたけど」
「自分の乗った1本前の電車が事故ったみたいでさ。ほんと危なかったわ」
「えっ!マジですか!?危なかったですね…でも、よかったです。こうしてお会いできて」
安堵するさくまの姿がとても優しく見えた。自分はもう死んじゃったけど、僕が生きてて安堵するんだと、改めて確認できた。そんな話しをしているなか、会場にアナウンスが流れた。
「本日、握手会を予定していた堀田灯理ですが、第1部、第2部握手会を欠席させていただきます。第3部の握手会については、本人との確認が取れ次第、ご連絡させていただきます」
堀田さんが、握手会を欠席するアナウンスだった。欠席をするなんて珍しい。今日は体調が良くないのだろうか。しかし、昨日は握手会が楽しみだとブログも送ってくれた。そんなはずはない。
「珍しいですね。灯理ちゃんが欠席だなんて」
「何かあったのかな」
「意外と寝坊かもしれないですよ。よく寝坊しますし」と、さくまが冗談半分に言った。きっとそうだろうなと僕も思い、第3部以降、握手ができることを願った。僕はポケットからスマホを取り出し、「堀田灯理。第1部、第2部の握手会を欠席」というツイートをした。
握手会は、第1部から第5部までの構成で、1部につき1時間半の時間が設けられており、その合間に30分の休憩。また第2部終わりに関しては、1時間の昼休憩がある。朝10時から始まり、終わりが20時。これが握手会のだいたいの構成だ。1日10時間労働。なかなかにハードだと思う。
「とりあえず、俺握手行ってくるわ」とハルトが言い、その場から離れた。僕とさくまはすることもなく、とりあえず会場を出ることにした。会場から出ると、まだ入場できていない人が長蛇の列を作っていた。この様子だと、午後の握手はもっと人が増える勢いだった。
「相変わらず、すごい人の数ですね」
「こりゃ、午後の握手会も地獄だな」
僕は少し嫌そうな感じで言った。人が多すぎるのは、あまり好きじゃない。
「そういえばタクさん、今日は何話すんですか?」
「何話そっかなー。昨日のテレビのこととかかな」
「僕もそれ話す予定です。あとは、今日も告白してきますね」
「またかよ。いっつもフラれて帰ってくるじゃん」
「今日こそいけますよ。新作でいきます!」
自信満々に話すさくま。今日も笑いをかっさらってくるに違いない。僕はさくまの会話を楽しみだった。自分は何を話そうか。人生最後の握手。明日死ぬと言っても仕方ないことだ。いつも通り、握手できればいいのかもしれない。考えることを辞めると、体が軽くなったような気がした。まだハルトが握手から戻ってくるのに時間があるので、「会場出たところのベンチで待ってる」とメールを送り、僕とさくまは、ハルトの握手を終わるのを待つことにした。その時間、さくまと堀田さんの話しをした。
「最近、灯理ちゃん人気出てきましたよね」
「握手券も取りづらくなってきたし、だんだん手の届かない人になりそうだよな」
「というか、そもそもアイドルなんて手の届かない存在ですからね」
「それもそうか。こんな俺たちでも握手してくれるんだもんな」
アイドル様。と言ってしまえば、そうなのかもしれない。僕らオタクは贅沢だと思う。ライブにも行けて、握手会では目の前で会話をしてくれる。それが当たり前だと、僕は思いたくない。
「タクさん。もし、堀田さんが卒業するって言ったらどうします?」
「えっ?」
「僕なら、その卒業に賛成すると思うんですよね。グループという集団から、自分一人で生きていくっていう決意っていうか。そういうところがかっこいいなって」
さくまがキャラに似合わない発言をした。
「なに言ってんだよ。そんなキャラじゃないだろ」
「いや、僕は真剣にいってるんですよ。卒業しても頑張ってほしいなーって」
「俺は、そうだな…」
もしも堀田さんが卒業を発表したら。どう思うのか。どんな言葉をかけてあげるのか。自分の死を目前にして、真剣に考え始めた。その時だ。スマホの着信がきた。ハルトからだ。「今、会場出るから、目立つようにバカみたいにジャンプでもしてくれ」とメールがきた。
「ハルト、会場から出てくるってさ。行こうぜ」
「えっ、タクさんの真面目なコメントまだ聞いてないんですけど」
「そんなこと恥ずかしくて言えねーよ。さくまと違って」
「いや、めっちゃバカにしてきますやん!」
「また今度な」
その会話はもうできないことがわかりながらも、僕は笑顔で言った。ベンチから立ち上がり、ハルトと合流することにした。会場の出口まで行き、僕とさくまはバカみたいにジャンプをし、ハルトにわかるようにアピールをした。
「おお、いたいた。バカだな、相変わらず」
「いや、ジャンプしろって言ったのそっちだろ!」
「いやー、バカだなーって思ってさ」
ハルトの淡々とした態度でいつも通りのいじりをしてきた。
「どうだった、推しメンちゃんは」
「ん?最高に可愛かったよ。さすが、俺の推しメンちゃん」
ハルトは見た目では平静を保っていたが、内心、めっちゃ喜ぶタイプのやつだし、ライブではよく泣いてる。それがわかってるからこそ、このスカした態度が面白く見える。会えて嬉しかったんだろうなというのを察した。
「とりあえず、昼飯食べに行こうぜ」と言い、僕たちは昼食を食べに、お店を探し始めた。
昼食を食べ、また会場へと戻ってきた。僕たちはまた長い列を並び、どうでもいい荷物検査をし会場へと入った。握手会は第2部が終わったあたりだった。会場にいる人も昼食を食べに行こうと会場を出ようとしていた。会場に一つ、アナウンスがされた。
「第1部、第2部を欠席していた堀田灯理ですが、第3部以降の握手会に参加します」
僕は堀田さんと握手できることに安心した。これで心置きなく話しが
できる。アナウンスが終わり、僕とさくまは喜んだ。会場にも「出席してくれてよかった」という声が広まった。その時だ。会場の奥から、堀田さんが現れた。堀田さんは一人で現れ、マイクを持っていた。柵で仕切られた場所で。目立つ場所に立った堀田さんが話し始めた。
「会場にいる皆さん。本日は握手会に来てくださり、誠にありがとうございます。そして、第1部、第2部を欠席してしまい申し訳ございませんでした。そして、私からもう一つ、皆さんにお伝えしなければならないことがございます」
堀田さんは、少し話しを止め、意を決したように話し始めた。
「私、堀田灯理は、本日をもってこのグループを卒業します」
突然の出来事に、会場は驚愕の声と、唖然とした表情をした人で溢れかえった。
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