第5話「婚約者・齋藤春香」④
翌日
私は、緊張しながら出社した。
星野さんが出社してくるのが、気が気ではなかった。
「おはよう」と星野さんが、オフィスにいる先輩方に挨拶をしていた。
「齋藤、おはよう」
『は…はい!おはようございます』
私はぎこちなく挨拶をした。
昼休み。
私は、深澤さんに声をかけた。
『深澤さん、お昼一緒に行きませんか?』
「あら、珍しいわね。齋藤さんから声かけるなんて」
私は笑ってその場をごまかし、深澤さんを昼食に誘った。
私と深澤さんはいつものパスタ屋に入った。
席に着き、店員を呼び、お互いの注文を済ませた。
「かしこまりました」と注文を承ると、店員は厨房へ料理を伝えた。
「星野さん、私に用があって、ご飯誘ったんじゃない?」
『なんでわかったんですか』
「星野さんは単純だからね。そりゃわかるわよ」と笑顔で言う深澤さん。
「何があったのよ」
『実は…星野さんに告白をして』
「告白したの!で、どうだったの!」
『それが、何とOKもらえたんです』
「やったじゃない!さすが齋藤さん。そして、さすが私。勘が当たったわ」
楽しそうに話す深澤さんに、私はようやく落ち着くことができた。
『朝から緊張しちゃって。午前中の事が手につかなかったです』
「良かったじゃない。これで念願叶ったわけだし」
『でも、まだ始まったばかりですから…』
「それもそうわね。これから将来のこととか考えちゃうのかしらね」
『その…このまま、結婚までしちゃいますかね…?』
「それは齋藤さん次第よ。星野さんのこと離さないようにしないと」
『私で大丈夫なんでしょうか…』
私は自信なく言った。
「そんなんじゃ、他の女に奪われるわよ」
『でも…』
「じゃあ、私が奪っちゃおうかしら」
『それはダメです!』
「フフフ、冗談よ」
「また、何かあったら相談してね」
『ありがとうございます』
話し終わると、ちょうど頼んでいたパスタが運ばれた。
私と深澤さんは、パスタを食べ始めた。
昼食も食べ終わり、オフィスへと戻った。
深澤さんに話しを聞いてもらったこともあり、午後からの仕事は普段通り、
落ち着いて進めることができた。
時刻は定時となり、各々が帰り仕度を始めた。
私も帰り仕度を始めた。
今日は、星野さんが午後から他の企業への外出のため、席を外していた。
私は、深澤さんと途中まで一緒に帰ることにした。
「齋藤さん、星野さんくらいになると、他の女に言い寄られることもあるから、注意するのよ」
『頑張ります…としか言いようがありません…』
私はうつむきながら答えた。
「じゃあ、私はここで。お疲れ様」
『お疲れ様でした』
私と深澤さんは別れた。
時は流れ、私は社会人2年目となった。
私も参加していた、星野さん主導の他社との契約は、順調に進んでいた。
長期間ではあったが、契約は無事に結ばれた。
その頃には、外が肌寒くなり、紅葉が綺麗に見られる11月だった。
私はいつも通り仕事を終え、帰り仕度をしていた。
「齋藤、ちょっといいか」
「今日、夕食一緒に行かないか?」
『はい。行きたいです!』
ここのところ星野さんは忙しいく、なかなかご飯が行けない日々だった。
私は笑顔で答えた。
「よし、じゃあ今日は久しぶりだし、いつもよりいいお店に行こうか」
『ありがとうございます。嬉しいです』
私と星野さんは帰り仕度を済ませ、退社した。
星野さんの運転する車に乗り、レストランまで着いた。
私は圧倒されながらも、星野さんの後をついていった。
レストランに入り、席へと案内された。
そこは、夜景が綺麗に見える場所だった。
料理を注文し終えると、料理が来るまでしばらく待った。
「すまないな、最近一緒にいてやれなくて」
『いえ。星野さんが忙しいのはわかってましたから、これくらい平気です』
「申し訳ない」と星野は頭を下げて言った。
『そんな!頭をあげてください。私なら大丈夫ですから』
私は慌てて、星野さんに言った。
「齋藤、仕事はどうだ?」
『はい、これまでの星野さんのお仕事に付き合うこともあり、それが評価されて、今は色々と任せてもらえることも増えてきました』
「そうか。齋藤も成長したんだな」
『星野さんが声をかけてくれたおかげです』
「いや、齋藤の頑張りが認められたんだ。僕も嬉しいよ」
『ありがとうございます』と、私は照れながら言った。
話しをしていると、1品目の料理が届いた。
1品目を食べ終えると、2品目のスープ、3品目の魚料理と運ばれてきた。
そのあとも食事は進んだ。
料理はほぼ出され、残すはデザートのみとなった。
その時、星野さんが話し始めた。
「齋藤、大事な話しがあるんだ」
星野さんの真剣な表情。
この光景。昔、どこかで見たことのある光景だった。
『あっ、星野さんに新しい企画を頼まれた時だ』
私は、ふとそんなことを思い出した。
今回はどんなことなんだろう。私はドキドキした。
「齋藤、率直に言う」
「俺と結婚してくれ」
齋藤は内ポケットから、一つの小さな箱を取り出した。
そして、私に見えるように箱を開ける。
そこには、婚約指輪が入っていた。
私は嬉しさのあまり、声が出なかった。
そして、溢れてくる涙を止められなかった。
私は少し落ち着くまで、そのままでいた。
涙を拭き、私は答えた。
『宜しくお願いします』
私は、星野さんのプロポーズを承諾した。
「ありがとう」と星野さんも泣きそうな表情をしていた。
『指輪、私の指につけてくれませんか?』
私は星野さんにお願いをした。
「わかった」
私がそう言うと、星野さんは私の左手の薬指に、婚約指輪をつけてくれた。
『どう、似合ってるかな?』
私は星野さんに質問をする。
「ああ、とても素敵だよ」と嬉しそうに答える。
私はもう一度、婚約指輪を見た。
キラキラと輝くダイヤが眩しかった。
私は今、世界で1番幸せ者だ。そう実感した。
「はぁ、良かった。齋藤が喜んでくれて」
「ベタだけど、こういうプロポーズ憧れてたんだ。好きな人にはこういうプロポーズをしようって。ちょっと古くさかったかな?」
『そんなことないです。すごく嬉しいです』
私は嬉しくなり、またも泣いてしまった。
『星野さん、私から1つお願いしてもいいですか?』
「なんだ?」
『私と2人っきりの時は、名前で呼んでください』
「ああ。そうだな」
「春香、今日はありがとう」
『私こそ、ありがとうございます』
「じゃあ、春香も俺のこと名前で呼んで欲しいな」
『えっ、私ですか?』
「もちろん。フェアじゃないだろ」
『じゃあ…』
『圭吾さん』
「さんづけじゃないか」
『私はさんづけがいいんです』と私は少し強がって言った。
「仕方ないから、許してやろう」と圭吾さんも調子よく言った。
交際を始めて1年弱。
圭吾さんからのプロポーズをもらい、こうして私たちは幸せに結ばれていった。
そして、結婚というゴールを迎えるはずだった。
あの日が訪れるまでは、そう確信していた。
季節は春を迎えた。
私は、社会人3年目。25歳となった。
あの日から、私と圭吾さんの同棲生活が始まった。
毎日が幸せだった。
そして、私と圭吾さんの結婚式も、着々と準備が進んでいた。
私は、その日が楽しみで仕方なかった。
そんなある日、私は深澤さんに昼食を誘われた。
「齋藤さんも、あと少しで結婚ね」
『もう楽しみで仕方ないです』
私は笑顔で言った。
「これ、私からの最後の忠告なんだけど」
『なんですか?』
「あくまで噂程度の話しなんだけど」
「以前、齋藤さんと星野さんが契約した、◯◯会社の松田さん。あの人と星野さんに繋がりがあるかもしれないの」
『何言ってるんですか。そんなことあるわけないじゃないですか』
「私もそうだとは思ってるんだけど、確証が持てなくてね」
『だいたい、どこで聞いたんですか?』
「先輩から聞いたのよ。一緒にホテルに入っていくところを見たって」
『ほんとですか…?』
「いや、遠くてよく見えなかったって言ってたんだけど」
「私から、これだけ伝えておくね」
『わかりました…』
こんな大事な時に、そんなことがあるわけない。
私と深澤さんは、テーブルに運ばれた料理を食べ始めた。
私と深澤さんはオフィスへ戻り、午後からの業務を始めた。
今日は、圭吾さんが出張のため席にはいなかった。
私は、不在の圭吾さんの席を見て、悩み始めた。
『松田さんと繋がっている…』
私は、その言葉が頭の中で引っかかった。
結婚式を4日前に控えた。
この日は、圭吾さんは出張のため家に帰れないという連絡が来た。
私は、一人圭吾さんの家で過ごした。
いまだに「松田さんと繋がっている」という不安だけが残っており
半信半疑の日々だった。
翌日
圭吾さんがオフィスに戻ってきたのは、午後の4時。
私は圭吾さんが戻ってきたことに、ホッとした。
「みんな、長い間不在ですまなかった」
圭吾さんは、オフィスにいる先輩方に言うと、仕事を再開した。
時刻は定時を迎え、各々が帰り仕度を始めた。
『星野さん、今日は一緒に帰りませんか』
「ああ、そうだな。今日は齋藤の作るご飯が食べたいな」
笑顔で言う圭吾さんに、私は一安心だった。
『じゃあ、星野さんの好きなもの作りますね』
「おっ、そりゃ楽しみだ」と圭吾さんは嬉しそうに答えた。
私と圭吾さんは退社をし、圭吾さんが住むマンションへと向かった。
家に着き、私は料理を作り始めた。
それまでの間、圭吾さんは洗濯物をたたみ、少し家の掃除をした。
20分後
晩ご飯が完成した。
「いただきます」
『いただきます』
「今日は、俺の好きなハンバーグか」
『久しぶりの味じゃないかしら』
『味はどうかしら?』
私は自信ありな感じで聞いた。
「うん、美味しいよ!さすが春香」
『良かった。いっぱい食べてね!』
美味しそうに食べる圭吾さん。
その姿が愛おしく見えた。
『圭吾さんが浮気なんて。そんなことない』
「ん?何か言ったか?」
『ううん、何でもない!』
私は笑顔で返すと、そのままご飯を食べ進めた。
晩ご飯も食べ終わり、私は食器洗いを始めた。
「春香、悪いけど先にお風呂入るね」
『わかった。ゆっくり入って休んでね』
「うん、ありがとう」
そう言うと、圭吾さんはお風呂場へと向かった。
私が、洗い物をしている時だった。
テーブルに置かれている、圭吾さんの携帯が鳴った。
最初は、気にも留めなかったが、ある言葉が脳裏をよぎった。
「松田さんと繋がりがあるかもしれないって話しなんだけどね」
私は、洗い物の手を止めた。
そして、圭吾さんの携帯を手に取った。
『圭吾さんを信じるためには、こうするしかない』
私は、携帯の電源ボタンを押した。
そして、携帯の通知欄には、こう書かれていた。
「昨晩は、ありがとうございました。次はいつ会えますか?」
私は、携帯を元の場所に戻した。
そして、何事もなかったかのように、洗い物を続けた。
「春香、お風呂上がったぞ」
圭吾さんが、お風呂場から戻ってきた。
『そう。じゃあ、私もお風呂入ろうかな』
「春香もゆっくりお風呂入って、疲れとって、また明日からも頑張ろう」
『そうね』
私は、一つ質問をした。
『圭吾さん、私のこと愛してる?』
「愛してるよ」
『わかった。ありがとう』
そう言うと、私はお風呂場へと向かった。
翌日。結婚式まで、あと2日。
天気は雨だった。
私と圭吾さんは、圭吾さんの車に乗り、一緒に出社をしていた。
車内での移動中、私は圭吾さんに話しをした。
『今日、お昼一緒に食べに行かない?』
「えっ、いいけど」
『じゃあ、12時ごろ。会社を出たところで待ち合わせましょ』
「ああ、わかった」
私は、ここで真実を聞くことに決めた。
私と圭吾さんはオフィスに着いた。
いつも通りに出社する先輩方。そして、午前中の業務が始まった。
おそらく、この光景を見るのも最後だと、私は悟った。
時刻は12時。
私は、会社の前で圭吾さんを待った。
少しして、圭吾さんがやってきた。
「珍しいな。春香がお昼一緒に行こうって言うなんて」
『たまにはね。さあ行きましょうか』
私は、圭吾さんと一軒のカフェへと向かった。
私はコーヒーを頼み、圭吾さんはランチセットを頼んだ。
先に2人分の水とおしぼりが、テーブルに運ばれた。
店員さんがテーブルを離れると、私は話し始めた。
『圭吾さん、最近、出張続きで大変だったわね』
「ああ、先方との会議が立て続けに入ってな。一緒にいる時間が少なくて、申し訳なかった。こんな大事な時期なのに」
『忙しいのはわかってる。だから私は平気』
「次から忙しくても、なるべく家に帰るようにするよ」
『うん、ありがとう』
『それでね、圭吾さん。一つ聞きたいことがあるの』
「なんだ?」
『私に隠してることがあるんじゃない?』
「隠してること?」
『そう。私に言ってないことがあるんじゃない?』
「こんな時に隠し事なんて。するわけないじゃないか」
なかなか口を割らない圭吾さんに、私は核心をつく一言を言った。
『松田梨奈さん』
『以前、◯◯会社の契約会議で、同席していた女性』
『もうわかるわよね?』
圭吾さんの顔を見ると、顔色が悪く、冷や汗をかいているように見えた。
『松田さんと何があったのかしら』
しばらく、沈黙が続いた。
そして、圭吾さんはようやく話し始めた。
「最初は、出来心だったんだ。向こうから、一緒にご飯行こうって連絡が来たんだ」
「俺も、仕事の付き合いとして、その誘いに答えたんだ」
「でも、次第にその回数も増えていって…」
私はショックだった。信じていた人に裏切られた。
『ホテルに行ったって話しも、本当なの?』
私は、もう自分の感情を抑えられなかった。
最後まで聞いてやる。聞き出してやる。
「ああ、行ったよ」
「彼女は、春香と違ってないものばかり持っていた」
『私にないもの?』
「そうだ。頭も良いし、仕事もできる。美人で俺の仕事の話しや、悩みまで。全部受け入れてくれる。僕にぴったりの完璧な女性だったよ」
そして、その言葉は告げられた。
「もう、俺たち別れないか?」
私は、言葉を失った。
こんなに愛していたのに。なのに裏切られてしまった。
絶望だった。
もうこの人にかける言葉はないと思った。
私は、右手にあったお水を手に持ち、圭吾さんに思いっきりかけた。
『さようなら』
最後の言葉を告げ、私はカフェを出た。
外は大雨だった。
私は傘をさし、オフィスにも寄らず、最寄りの駅へと向かった。
電車に乗り、とある場所へと向かった。
圭吾さんが住むマンションがある最寄り駅まで。
30分後
圭吾さんが住むマンションがある最寄り駅へと着いた。
私は、圭吾さんが住むマンションまで歩いた。
『愛していた人と一緒にいられないなんて。もう死んでやる』
恨んで、ここで死んでやる。
私は10分ほど歩き、マンションへ着いた。
そして、そのまま屋上へと向かった。
私は傘をささずに、屋上へと出た。
そして、ここで死ぬために、私は屋上に建てられた柵を越え、今まさに死のうとしたのだった。
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