第4話「婚約者・齋藤春香」③




 私と深澤さんは、パスタ屋に入った。

お店に入り、席についた。

メニューを見て、深澤さんはペペロンチーノ、私はミートソースパスタを頼んだ。


 料理が来るまで、少しだけ話す時間があった。

最初に話し出したのは、深澤さんだった。

「齋藤さん、ごめんね。私、齋藤さんがパワハラにあっているのに何もできなくて」

「周りの先輩が怖くて、抵抗したら私までパワハラに遭うって考えたら、何もできなくて」

『いえ、もう大丈夫です。星野さんが皆さんに呼びかけてくれました。少しはパワハラもなくなると思います』

『それに深澤さんが声をかけてくれて嬉しかったです。少しずつ環境が変わっていくと思ってます』

「ごめんなさい。こんなこと言うのはおこがましいけど、私とも仲良くしてくれるかしら…?」

私は、その言葉が嬉しかった。

ようやく仲良くしてくれる先輩が出来たことに。

『もちろんです。すごく嬉しいです』

「良かった。何かあったら、私に相談してね」と深澤さんは返してくれた。

心強い一言をもらえた私は、今日も頑張れる気がした。


 そんな話しをしていると、頼んでいたパスタがテーブルに置かれた。

「来た来た。ここのパスタ美味しいのよ」

『すごい美味しそうです』

私と深澤さんはフォークを手に持ち、パスタを食べ始めた。


『ごちそうさまでした』

「ごちそうさま」

パスタを食べ終わり、お会計と向かった。

「あっ、お会計一緒にするわ。たまには先輩らしいことしないとね」

笑顔で言う深澤さん

『ありがとうございます。ごちそうさまです』

私も笑顔で返した。


 パスタ屋を出て、オフィスへと戻った。

デスクにつき、私は午後からの業務を始めた。

仕事も少しずつ慣れてきたのか、前よりも効率良く進めることができた。

今まで我慢して続けてきたことは無駄ではなかったと実感した。

私はそれから定時まで。仕事を続けた。


 退社の時間となり、私は帰宅の準備をした。

更衣室に入り、自分のロッカーへ向かい、OL服から私服へ着替えようとロッカーを開けた。

『私服が捨てられていない』

私はホッとした。

安心して私服へと着替えると、私は更衣室を後にした。

更衣室を出ると、深澤さんが待っていた。

「駅まで、一緒に帰らない?」

『はい!一緒に帰りましょう』

私は元気良く答えた。


 私と深澤さんは会社を出て、最寄駅まで向かった。

「でも、意外だったわ。星野さんがあんなこと言う人だったなんて」

『えっ、なにがですか?』

「なにがって、あなたのことよ」

『私ですか?』

「いや、星野さんってそういうこと言うイメージなかったというか。淡々と仕事して、外の仕事もバリバリやる人で。私たちのことも気にかけてくれてたのが、改めてわかったわ」

そういえば、星野さんの話しを、私はあまり聞いたことがなかった。

『みんな。どういう風に思ってるんだろう』

不思議に思った私は、深澤さんに聞いた。

『皆さんは、星野さんのことどう思ってるんですかね?』

「オフィスのみんながってこと?」

『はい』

「そうね、あなたが入ってくる前もすごい仕事のできる人で。それに星野さんを狙ってる先輩も多くて」

『やっぱモテるんですね、星野さん』

「でもね、齋藤さん。あなたほど星野さんが気にかけてくれることもなかったわ。だから、先輩たちは齋藤さんに嫉妬したのかしらね」

『そうなんですか…』

「まっ、齋藤さん可愛いし若いからね。そりゃ心配もされるか」

『すみません…』

「ああ、ごめんごめん。これ嫌味とかじゃないから。心配しなくていいからね」

深澤さんは笑顔で訂正した。

続けて、深澤さんはこんなことを口にした。

「意外と、齋藤さんに気があったりしてね」

『えっ?』

「だから、星野さんが齋藤さんのこと好きになったりとかさ」

『そ…そんなことわけないじゃないですか』

否定をする私だったが、一瞬だけ期待してしまった。

もしも、星野さんが自分に好意を抱いているのなら…

「実は、齋藤さんが星野さんのこと好きなんじゃない?」

深澤さんは、いじらしく言った。

『ちょっと、冷かさないでください!』

「ハハハ、冗談だって」

私は少し顔を赤らめながらうつむいた。

「じゃあ、私、電車こっちだから」

『お疲れ様でした。また明日』

「また明日〜」

私と深澤さんは、別々の電車に乗って帰宅をした。

今日あった出来事。

先輩から声をかけてもらった。いつもとは違う日だった。



 私も仕事に慣れ、数ヶ月が経った。

周りの先輩方とも仲良くなり仕事も充実していた。

「齋藤さん、お昼食べに行きましょう」

『はい、今行きます!』

私と深澤さんは、昼食を食べに席を外した。


「齋藤さん、今日も星野さんのことばっか見てるね」

『!?』

「好きなんでしょ」と深澤さんは、ニヤニヤしながら言う。

『分かりますか…?』

「あれだけ見てたら分かるわよ。というかみんな知ってるよ」

『えっ!?そんなに見てますか私…』

「むしろ気づいてなかったの?」

『はい…』

「ほんと、齋藤さんは正直者ね」と笑顔で言う深澤さん。

私は、恥ずかしかった。

しかもそれが、みんなにバレていたなんて。

私は顔を赤くしてしまった。

「あっ、また顔が赤くなってる」

「思い切って告白したらいいのに」

『な…何言ってるんですか!そんなことできないですよ!』

私の声は、店中に響き渡った。

店内が一瞬シーンと静かになり、一斉に私へ視線が集まった。

私は、またも恥ずかしさのあまり下を向いた。

『すみません』と、私は深澤さんに謝った。

「まあまあ。一度言ってみるのもアリなんじゃない?」

『でも、もしフラれたら…』

「その時はその時よ。キッパリ諦めるのも大事なのよ」

『そうですかね…』

私は、今のままで良かった。

『星野さんが好きだ』ということを、ひっそりと想い続けていたかった。


 昼食を済ませ、私と深澤さんはオフィスへと戻った。

私は仕事中、深澤さんが言った言葉が頭の中に残っていた。

『星野さんに告白をする…』

悶々と気持ちのまま、定時を迎えた。


 仕事を終え、私はいつも通りデスク周りを整理していた。

その時、声をかけられた。

「齋藤、ちょっといいか」

声をかけてくれたのは、星野さんだった。

『はい!なんでしょうか』

驚きながら、私は恐る恐る返事をした。

「齋藤、そんな怖がらなくていいからな」と笑顔で言う星野さん。

「どうだ、最近の調子は?」

『おかげさまで、仕事も慣れてきましたし、楽しいです』

「そうか、それは良かった」

『いえ。全部、星野さんのおかげです』

私は、感謝を伝えた。

「齋藤、この後、時間あるか?」

『はい、大丈夫ですけど…』

「一緒に、ご飯食べに行かないか?」

『えっ!いいんですか…?』

意外な言葉だった。私は驚きを隠せなかった。

「齋藤さえよければ行こうかなと」

私はチャンスだと思った。

『ぜひ、ご一緒したいです!』

「よし、じゃあ決まりだな」

私と星野さんは、帰り仕度を始めた。

「俺、先行って車出すから」

『はい!わかりました』

私は、千載一遇のチャンスを掴もうとしているのかもしれない。

そう考えると、嬉しさのあまり、ついつい口角が上がってしまう。

私は、足取りを軽くしてオフィスを後にした。



 私と星野さんは、高級レストランにいた。

間違いなく高い。いくらバカな私でもわかるくらいの高級感。

私と星野さんが席に着くと、メニューを手渡された。

私には、そのメニュー表に何が書いてあるのか、サッパリわからなかった。


 星野さんは店員を呼び、私のぶんのメニューまで伝えた。

数分して1品目の料理が届いた。

続けて、2品目、3品目とテーブルに並べられた。

どの料理も、私にとって初めて食べるものばかりだった。


 一通り料理が出され、最後のデザートがテーブルに置かれた。

「齋藤、一つ話しがあるんだ」

私は、いつにもなく真剣なトーンで話す星野さんに、ドキッとした。

『何でしょうか…?』

私は、ドキドキした。

「実は、新しい企画があるんだが、その企画に齋藤にも参加してもらいたいんだ」

『えっ…?』

私が思っていた展開と違った。

「齋藤にも、次の企画に参加してもらいたいと思ってだな」

『ああ、そういうことですか』

私は、落胆した。

このシチュエーションは間違いなく告白だと、勘違いしていた自分が恥ずかしかった。

そうだ。私と星野さんがつり合うわけがない。

不思議そうな顔をする星野さんに、私は返事をした。

『ぜひ、参加したいです』

「おお、そうか!良かったよ」と嬉しそうに答える星野さん。

私は、出されたデザートを黙々と食べ始めたのだった。



 私と星野さんはレストランを出ると、車に乗り、家まで送ってくれた。

「齋藤が参加するって言ってくれて嬉しかったよ」

『わからないこともあると思いますが、その時はお願いします』

「ああ、何でも聞いてくれ」

もう少しで、私の家に着く。

これからも、星野さんとは仕事上の関係として続くのだろう。

私は、そのことばかりを考えていた。

その時だ。星野さんは私に言った。

「俺が頼めるのは、齋藤のこと信じてるからなんだ」

「だから、一緒にいてくれると助かるよ」

『それは仕事として?女性として?』

私はどちらで受け取って良いか悩んだ。


 「よし、着いたぞ」

車は、私の家の前で止まった。

『今日はありがとうございました。美味しいご飯までご馳走になっちゃって』

「いや、こちらこそありがとう。また、ご飯行こうな」

「また」という言葉に、私は反応してしまった。

『また、ご飯誘ってもらえると嬉しいです』

私は車から降り、星野さんを見送った。


 私は帰宅し、もう一度、今日の出来事や発言を思い返してみた。

果たして、これが恋へと発展していくのだろうか。

疑問のまま、次の日を迎えた。



 星野さんが話していた新たな企画は、私を含めた10人で進んでいった。

その企画とは、以前から、星野さんが外営業で話しを進めていたものだった。

私と星野さんは、先方の企業へ足を運ぶことが多かった。


 今日もその企業へと向かうところだった。

到着すると、会議室へと案内をされた。

数分後。

先方の役員が3人、そして女性が同席していた。

私と星野さんは、その女性の面識は初めてだった。

「初めまして。私、営業部長を担当しております、松田と申します」

挨拶と同時に、名刺を渡された

『松田梨奈』

見た目は、星野さんと同じくらいの年。美人だった。

「私、星野圭吾と申します。宜しくお願いします」

そう言うと、星野さんも名刺交換をした。


 「では、ご挨拶はここまでにして。今回は、このような件で参りました」と

星野さんが話し始めた。

会議は、2時間ほどで終了した。

「本日は、お時間ありがとうございました」


 私と星野さんは挨拶をし、会社を後にした。

『はぁ、緊張しました。何度も会議に出席してますが、慣れないです』

私は、先ほどまでの緊張感から解放され、つい言葉が出てしまった。

「お疲れ様。でも最初の時よりしっかりできてるから、大丈夫だって」

星野さんが、優しく声をかけてくれる。

『ありがとうございます』

「齋藤、これから会社戻って、今日のこともう一度整理するけど」

「それ終わったらご飯行かないか?」

『ぜひ、お願いしたいです!』

「じゃあ、もうひと頑張りだな。会社戻るぞ」

私と星野さんは、会社へ戻った。


 時刻は18時。

たいした量の仕事ではなかったため、1時間後には仕事を終えることができた。

『星野さん終わりました』

「おっ、早いな。俺ももう少ししたら終わるから、先に帰り仕度しててくれないか」

『わかりました。先に着替えてきます』

私はそう言うと、更衣室へ向かった。


 5分後

私は、オフィスへ戻った。

「齋藤、待たせてごめん。俺も今終わったところだ」

「もう出るけど、準備はいいか?」

『はい。私は大丈夫です』

「よし、じゃあ行こうか」

私と星野さんは、オフィスを出た。



 星野さんの車に乗り、レストランへと向かった。

私と星野さんが席に着いた。

「すみません」

店員を呼び料理を注文する。

「では、これでお願いします」

注文をし終えると、料理が来るまで、しばし待つこととなった。

『今日の会議。松田さんって方、すごい美人な方でしたね』

「ああ、話しに聞いていたよ。若くて美人で、仕事のできる女性がいるって」

今日あったことを話しているうちに、料理がテーブルへ並べられた。


 私は料理を食べながら、1つ気になったことを聞いてみた。

『星野さん。松田さんみたいな方って、女性としてどう思いますか?』

「どうって?」

『もし、お付き合いするってなったら、OKするのかなと…』

「うーん、そうだな。難しい話しだな…」

『あっ、いや、すみません。変な質問して』

私は、もし自分ではなく他の人を選ぶのなら、どんな人を選ぶのか。

星野さんのことが好きだからこそ、気になってしまった。

すると、星野さんは食事をする手を止めて話し始めた。


「齋藤、話したいことがあるんだ」

『なんですか?』

「齋藤と一緒に仕事ができて楽しいんだけど…」

「その…女性としても、頼りにしているんだ」

『ありがとうございます…』

「つまりだな、その…好きなんだ齋藤のことが」

『えっ!?』

私も、食事をしている手を止めた。

衝撃的な一言に、私はパニックになった。

「少しずつでもいい。ちょっと考えてもらえないか」

私も星野さんのことが好きだ。

しかし、いざ「好きだ」と言われると、嬉しさより動揺のほうが大きい。

私は意を決して答えた。

『実は、私も星野さんが好きなんです』

「えっ?」

『私が入社して面倒を見てくれて。今では、一緒に仕事をさせてもらえて』

『私がパワハラで辛かった時。星野さんのおかげで環境も変わって。星野さんは、心の支えでした』

「齋藤…」

『だから、私も星野さんのことが好きです』


 少しの沈黙が続き、星野さんが話し始めた。

「俺と付き合ってくれないか?」

私は、その言葉を待っていた。嬉しかった。

いや、嬉しかったという一言では表せないほどだった。

『はい、お願いします』

私は、涙目になりながら答えた。

「そうか。良かった。良かったよ…」

神妙な面持ちから、笑顔に戻る星野さん。

「ああ緊張した。今までで一番緊張したよ」

『何言ってるんですか』

私は、星野さんの言葉に笑って返した。

「よし、じゃあ最後のデザート頼むぞ」

『お願いします!』

私は、元気よく答えた。



 私は星野さんの車に乗って、家まで送ってもらった。

「じゃあ齋藤、また明日な」

『はい!今日はありがとうございました』

私は挨拶をし、帰宅した。


 リビングの電気をつけ、私はベットの上に座った。

そして、今日あった出来事を思い出していた。

星野さんが言ってくれた言葉を、もう一度脳内再生をした。

『星野さん、いつにもなく真剣な顔をしていたけど。でもその後のホッとした顔が可愛かったな』と、私は思い出し笑いをした。

これから星野さんと過ごすことを、いろいろ想像した。


 私は気持ちだけが先走ってしまい、それから就寝するのに2時間もかかった。


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