第3話「婚約者・齋藤春香」②



 私は2日後に結婚をする。

今年で25歳の私は、OLとして仕事をしている。

社会人3年目にして「結婚」という、女としての一つの夢を若くして叶えようとしている。


お相手は、私より5つ上の星野圭吾ほしのけいごさん。

東大卒のエリート。

私の部署でトップクラスの営業力と業績を誇る仕事ぶり。

先日は、長期に渡って他社との契約も無事成功させ、上場企業への第一歩の

功績も残した。

それでいてイケメンで、女性への対応も申し分のないくらい。

まさに「完璧な男性」と言っても過言ではない。


 しかし、なぜ私なんかが、こんな完璧の男性と結婚することが決まったのか。

話しが長くなってしまうが、それは、私が入社して1年目のことだった。



 まだまだ仕事ができなかった私を、日々指導してくれたのが圭吾さんだった。

ミスの多かった私に対して、怒ることなく「次からは気をつけような」と

優しく声をかけてくれた。私は、その言葉を励みに仕事を続けていた。


 しかしそれは、私に対して良く思わない先輩OLへの、妬みの始まりでもあった。それは、ひどく幼稚で、いい大人がやるようなことではなかった。

 ある日、私は職場のOL服から私服へ着替えるために、自分のロッカーへ向かった。いざ着替えようとして、ロッカーを開けた時だった。

ロッカーにしまっておいた自分の服がない。

私は近くにいる人に聞いた。

『あの…私の服、知りませんか?』

誰に聞いても「知らない」の一点張り。

 私はもう一度、オフィスに戻りあちこち探した。

どこを探しても自分の服が見当たらない。

私はオフィスを離れ、給湯室へ向かった。


 暗くなっている給湯室。スイッチを押し、電気をつけた。

もえるゴミ、もえないゴミと分別されており、それがパンパンに入った状態で

縛られたものがいくつか置いてあった。

しかし、1つのゴミ袋に見覚えのあるものが目に飛び込んできた。

私の服だ!しかも、生ゴミ用のゴミ袋に入っているではないか。

私は、ショックでその場で泣き崩れてしまった。

『ひどい…』

それからというもの、私へのいじめがエスカレートした。


 私を指導してくれる星野さんも、毎日私に付きっ切りで教えてくれるわけでもなかった。

会議や外営業で席を外すことの多い人だったので、「じゃあ、俺がいない間、

齋藤の指導頼むぞ」と他の先輩OLに指示をすることもあった。

その時は快く返事をする先輩OLたちも、圭吾さんがいなくなると態度が一変した。


『すみません、ここがわからないんですけど』と質問をしても

「自分で考えて行動しなさいよ」と返される始末。

最初から、私の指導をする気などなかったのだ。

また、私の仕事のペースが遅いと「齋藤さんちょっと遅すぎません」と周りに

聞こえるようにアピール。「それが終わったら、次、この仕事もお願いね」と

次から次へと私に仕事を押し付けてきました。そのことも断れず、どんどん萎縮してしまう自分。

 私は度重なるパワハラに耐えられなかった。

『なんで私ばかり』と考えることが増え、毎日が辛かった。

それでも星野さんに迷惑はかけまいと、私はいつもの元気な様子を演じていた。


 そんな生活が3か月も続いたある日のことだった。

私は、先輩OLから振られた仕事を終わらせるために、残業をしていた。

オフィスは真っ暗で、私のデスクだけが明るくなっていた。

そして、仕事が終わったのは21時。

私はデスクを整理し、自分のロッカーへと向かった。

ロッカーを開けると、案の定、私の服はなかった。

疲れた足取りで私はゴミ袋をあさりに、給湯室へ向かった。

私の服は、またゴミ袋の中に、くしゃくしゃにして詰められていた。

もう、何もかもが嫌になった。

誰に助けを求めていいかもわからない。

こんなに苦しくて辛い思いをするのなら、もういなくなった方がマシだ。

私はその場で座り込んでしまい、泣いてしまった。


 その時だった。

「齋藤?どうしたんだ、こんなところで」

それは、聞き覚えのある声だった。

振り返ると、そこには星野さんが立っていた。

「とっくに定時は過ぎているのに、何でこんなところにいるんだ?」

『星野さんも、どうしてこんなところに?』

「俺は、今、出張から帰ってきたところで。ちょっとオフィスに用があったから寄ってきたんだが。そうしたら齋藤がこんなところにいるから」

私は、目の前にいる星野さんが、唯一の救いだと思った。

そう思うと涙が止まらなくなり、私は星野さんに抱きついた。

『星野さん、もう私、この職場に耐えられません』

心の底から思った一言だった。

それを見かねた星野さんは言いました。

「何があったんだ。俺が全部聞くから」

そう言うと、星野さんはハンカチを差し出してくれた。

私は、これまでのことを全て話した。

「そうだな。難しい案件ではあるが、俺から言って何とかしてみるよ」

『ありがとうございます』

私は、この苦痛から解放された安心感から、どっと疲れが溜まった。


私の目の前で考え込む星野さんが、私に質問をした。

「でも齋藤、何でもっと早く相談しなかった?」

『その…星野さん、毎日お忙しいし、声をかけていいものかためらってしまって』と私は申し訳なく答えた。

「そういうのが一番良くないんだ。自分だけで解決しようとせず、上司を頼ること。今後からはいいね?」

『はい、わかりました。すみません』

「すみませんはいらないから。齋藤は悪くないから」

星野さんの言葉の全部が、私にとって救いの言葉だった。


「よし、今日はもう遅いし、さっさと帰るぞ」

時刻は、すでに22時半だった。

「齋藤、遅いから家まで送っていくよ」

『そんな。私のことは平気ですので』

申し訳なく、私はその言葉を断ってしまった。

「いや、今日は俺が見届けるまでダメだ」と返事をする星野さん。

『じゃあ、お言葉に甘えて…』

私は、やはりその気遣いを無駄にしてはいけないと思い、一緒に帰ることを決めた。


「忘れ物はないか?」と星野さんが聞く。

『大丈夫です。オフィスの電気消しますね』

「ああ、頼むよ」

私はオフィスの電気を切り、星野さんの後に付いて行った。

少し歩き、エレベーターホールに到着。

私はエレベーターの下の階へのボタンを押した。

しばし、エレベーターを待つことに。

「悪かったな、僕のせいで齋藤には辛い思いをさせてしまって」

『私こそすみません。もっと仕事のできる人だったら、こんなことには』

そんな話しをしていると、エレベーターが到着。

私と星野さんは1階へと降りた。


エレベーターを降り、出入り口へから退社をした。

「齋藤、ここで待ってて。僕の車持ってくるから」

そう言うと、星野さんは駐車場へと向かった。


数分後。

車に乗った星野さんがやってきた。

「齋藤、車乗って」

『はい、ありがとうございます』

私は車に乗った。


都内の夜景が、いつもより少し綺麗に感じた。

「明日、俺からみんなに話す。それでまた何かあったら言うんだぞ」

『ありがとうございます』

これで少しは環境が変わるだろう。

私はその言葉に安心してしまい、そのまま寝てしまった。



「齋藤…」

「齋藤。着いたぞ」

星野さんの声が聞こえる。

ハッとした私は、ようやく目が覚めた。

辺りを見ると、私の家の前だった。

『わざわざ、ありがとうございます』

「じゃあ、明日からも仕事頼むぞ」

『はい、頑張ります!』

私はそう答えると、車から降りた。

『ありがとうございました』

私はもう一度お礼を言い、星野さんを見送った。


家に帰り、さっさとお風呂を済ませると、布団に入って寝た。

明日も早起きだが、頑張れる希望がある。

私は、すぐに眠りについた。



翌日

オフィスについた私は、今日の仕事の内容を確認した。

続々と、先輩方がやってきた。

『おはようございます』

「おはよう。昨日頼んでた仕事終わった?」

『はい。先ほどメールでお送りしたので、確認お願いします』

私は元気よく言った。


少しして、星野さんがやってきた。

「みんな、おはよう」

「星野さん、おはようございます」と周りが挨拶を返す。

「ちょっとみんないいか。一つ話したいことがあってな」

星野さんは、オフィスにいる人に呼びかけた。

「あまりこういうことは話したくはないんだが、実は、齋藤がパワハラにあっていてな。昨日、相談されたんだ」

オフィスは、静まり返っていたが、星野さんは話しを進めた。

「社内で一緒に働く仲間に対して、そういうことは良くないと思うんだ」

「少しずつでいい。みんな齋藤に協力してやってくれ。私は、大事な一員としてこれからも仕事をしていきたいんだ」

「俺からは以上だ!じゃあみんな、今日も頼んだぞ!」

そう言い終えると、周りにいた先輩も仕事を始めた。

いざ、こうして周りに呼びかけられると不安だった。

またいじめられないか不安だったが、私も仕事を始めることにした。


その日の昼休憩の時間。

私は昼食を食べに、1人、外出をしようとしていた。

その時、私は声をかけられた。

「あの、齋藤さん。一緒に昼食を食べに行きませんか?」

声をかけてくれたのは、1つ上の先輩の深澤日向ふかさわひなただった。

『いいんですか?』と私は聞き返した。

「ぜひ、一緒に行きたいです」と深澤さんは答えてくれた。

私は嬉しかった。

圭吾さんのおかげで、私の環境が変わった。

その変化を感じられた瞬間だった。

ここから、私の生活を変えてみせる。

一筋の希望が見えた。


「じゃあ、行きましょうか」

深澤さんの一言で、私と一緒に会社を出て、昼食を食べるお店へと向かった。





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