第2話 主の力を振り下ろす者
崩壊を免れた都市部、そこへ居を構える主に使える聖騎士らの本拠地。
――が、彼ら執行部隊は表舞台に出る事も無く……華やかな街並みから少し外れた近代化設備の中で寝食を共にするのだ。
そこは騎士達がいつ如何なる時でも、主より賜った力を奮える様――過酷な訓練を行える場所でもある。
「エルハンド卿?オリエル・エルハンド卿……!」
ふとその言葉に隊長格の聖騎士は振り向き、険しさが染み付いた顔ではあるが僅かに愛想を振りまきながら道すがら挨拶を交わす。
「これはスターソン司祭殿、ご機嫌は如何かな?」
「エルハンド卿、聞きましたよ。また数体の魔族を討伐した様で。貴殿の活躍には頭が上がりませぬぞ!」
高齢ゆえの皺も、穏やかな笑みに変え――その表情で聖騎士を呼び止める司祭服の男性。
司祭の男性より、すでに各地へ響く騎士の名声へ惜しみない賞賛が贈られるも――聖騎士エルハンドはその言葉を受け、少しためらった後に声を掛けてくれた司祭へ返答する。
「司祭殿……。我ら【
法王庁13課――それは世界的に公表されぬ影の機関。
主に使えし教徒は教えを説いて世界を導き、影である13課【
影に生きる者であっても主への信仰心こそが全てであると言う信念を持ちながらも、人である自分がその主より賜った力を奮い続ける事の意味を自問自答しながら――彼らは日々その
そして、エルハンドと言う男は若き日に盟友と立てた誓いの元――自らの後に続く騎士達へ主の教えと共に伝え続ける、人間としても類稀なる器の持ち主なのである。
「だからこそです。貴殿らが居るからこそ主は、この揺らぎ続ける世界に希望を見出し続ける事が出来るのです。」
買いかぶりと口にしそうになったが、エルハンドはその言葉を自分の配下の騎士達への賛美と捉え――軽く眼を閉じ司祭の男性へ一礼をし……その場を後にした。
****
すでに日が昇っている事に気付いたのはつい先ほど。
死んだ様な深い眠りかと思えば脳裏に焼きついた地獄で目覚める。
だがここはもう危険が無い穏やかな暮らしが叶う場所。
少女はほんの僅かに戻った感情で少しずつ前に進み始めていた。
聖騎士に保護されてから数週間――与えられた寝食に不自由しない施設から僅かに歩くと、そこに騎士達が魔を打ち滅ぼすための訓練をしている場所へとたどり着く。
近代的ではあるが――その端々には、聖なる書物の一説を現すかの様な幻想的な彫刻が目を引く建物だ。
「今日はよく眠れたかな?」
少女を見つけた騎士が向かって来る。
いつのまにかその光景に安心を覚える様になってここに足を運んでしまう幼き少女。
銀色の御髪は陽光に照らされて、艶やかに煌き流れ―― 一見すれば良家のお嬢様と呼ばれても差し支えない幼き容姿。
しかしその瞳は未だ灯る光も乏しかった。
「……夢……見たの。」
か細く――消え入りそうな声で呟いた少女の頭に、優しく逞しい騎士の手が触れる。
「……そうか……怖かったな。……卿もすぐに戻られる――そこに腰掛けていたらどうだい?」
夢の内容を察し、騎士は深く言及するのを留めて彼女が一番安心するであろう者の事に触れた。
すると一瞬見逃しそうな程ではあるが、少女の眼が輝いて見えたのは騎士の勘違いではないだろう。
程なくして少女も待ち望んだ聖騎士隊長が、正殿の方から歩いて来るのが見えた。
「起きていたのか。体の調子はどうだ?」
「怖い夢を見たけど……平気……。」
「それは良かった。」
やはり少女は絶望の淵にあった自分を、最初に受け入れてくれた騎士エルハンドに絶大な信頼を寄せている様なのは傍目でも確認できる。
その少女を見て、少しの間を置き一つの課題となっている質問を聖騎士隊長は投げかけた。
「……そろそろ自分の名前……思い出せたか……?」
先の悲劇でどうやら少女は自分の名――ひいてはその他の記憶が無い。
騎士らの見解ではあまりの恐怖に、記憶が脳裏より引き剥がされたのではと推測している。
故に徒に記憶の扉をこじ開けるのは、それこそ少女の心が崩壊してしまうとの恐れを懸念し――彼女の面持ちが改善して後質問する様準備していたのだ。
例え信頼を置く者の質問であろうとも――その話題に触れた少女の表情へ強張りと共に陰りが見え(まだ早いか・・?)と騎士はそれ以上の問いかけを断念した。
だが、騎士らの想いが少し――ほんの少しだけ心を溶かしたのか……先と同じく消え入りそうな言葉で少女は紡いだ。
「……思い……出せない……。」
やはり名がなければ、互いが歩み寄る事も難しい。
そばで見守る配下の騎士も、少女の状況に進展が見られず少しばかり気を落とす――が、騎士隊長はそれを想定した答えを用意して来た。
そして少女へ暖かな笑みと共に、現状最も相応しき解を解き放つ。
「ふむ……名が無いままでは心を交わすのも難しい……。故に君にこの隊に居る間の名を与えよう。」
「……え?」
少女はその言葉へ胸を弾ませる。
自らの命を救いし聖騎士に名を賜る事――それは今の彼女にとって主より名を授かるのと同等だと感じたのだろう。
その瞳に強い光が宿ったのを聖騎士は感じ取った。
「この名は主に祈りを捧げていた時、私の脳裏に授かった名だ――」
エルハンドはそこに主の導きが強く関わっている事を感じながら、眼前の小さき少女へ新たなる一歩ともなる名を……少女の安寧の未来のを願い、贈った――
「君はこれからヴァンゼッヒ――ヴァンゼッヒ・シュビラと名乗りたまえ……。」
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