魔法少女戦録メサイア 断罪のヴァンゼッヒ

鋼鉄の羽蛍

第1話 その目が見た絶望



 かつて世界は魔族・魔法と言う力を空想の物とし夢物語として語り継いで来た。

 だが世界には見える物と見えない物があり、魔族などと言う物は決して見えぬ物ではなくそこに確かに実在していた。


 霊力と魔霊力――それは光量子とそれに相対する魔量子であり、世界の科学的な見解によれば正物質と反物質の存在を差す。

 そして、魔族とは反系の物質によって構成された生命であり、正物質との接触は物理的な意味で極めて危険とされ、世界が魔族を排斥した。


 しかし、その魔族と言う存在を利用する事を画策する一部の愚かな人類は、その魔族の魔を宿した人造兵器を生み出し、やがてそれは地球に消えぬ傷跡を残す大災害を引き起こし、そして世界は引き裂かれた――



****



 欧州ヨーロッパ――地中海に面した沿岸部。

 かつて世界にも名高き町並みが並んでいたはずのとある町外れ――魔力干渉嵐流の影響で野良下級魔族が今も闊歩する荒れ果てた地に、複数の人影が異形の者を追い詰めていた。


「各員よいな!相手は手負いだが、ここは魔力干渉地区だ、油断するな……!」


 一人の男が配下とおぼしき者達に指示を飛ばす。

 その出で立ちは西洋甲冑を機械的且つ軽装に仕立てた、鎧を形取った防具を纏う騎士の様に見える。

 そして最も眼をを引くは防具の各所に記された十字の印。


「この主に守護された地を荒廃させた罪……野良魔族如きが、主の断罪だけで済むと思うな……!」


「我ら法王庁13課――執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】の名の元に、一体残らず絶滅せしめる……!」


 追い詰められた手負いの野良魔族は、一切の抵抗も許されず【神の御剣ジューダス・ブレイド】を名乗る者達に消滅させられる。


「……ごおおぉぉぉ……!」


 野良魔族の断末魔は一筋の光となり浄化され、吹き荒れていた魔力干渉嵐流も幾分収まっていた。


 法王庁13課、執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】とはローマ・ヴァチカンにて人造魔生命災害バイオデビルハザード以降、各地で増加するA~S級指定の危険生命体に分類される野良魔族の掃討を任された法王庁きっての粛清機関。

 魔族と言う存在に対し、苛烈なまでの掃討行為を唯一許された表舞台に出る事の無い世界の安定を保つ組織である。


「エルハンド卿!この一帯はすでに掃討が完了しました!」


 部下の腹心とも思われる騎士の声を、周辺警戒しつつ聞き入れた隊長の騎士はすかさず次の命を飛ばす。


「この一帯で生存者は居ないかくまなく探せ……。あのクラスの野良魔族が蹂躙した後では望みは薄いだろうが……。」


 エルハンド卿と言われた隊長格の聖騎士は、同様の魔族が居合わせた現場を幾度となく見てきたが、それは凄惨の一言であった。

 地上にいる魔族の大半が生命元となる食事を摂取するために、通常の人類と同様の食事の取り方を用いる。

 が、野生化した野良魔族はそもそも知性や、それに伴う文化を持っていないのが大半を占める。

 故に食事の摂取法は、野生動物同様に他の生命を襲って生活の糧と成すとされていた。

 更にはエネルギー変換の関係により、人間を捕食することでより高度なエネルギーを生成できる事が魔族研究にて立証されている。 


「(この荒廃……流石にこの状況は滅多に見ることも無い程だ……。これで生存者がいれば主の導きとも言えよう……。)」


 建物は殆ど崩れされ、廃墟となった町の至る所で原型を留めぬ無数の者達をエルハンド配下の者が手厚く葬り――それに向かって聖騎士の隊長はせめて主の元へ導かれる様に胸前で十字を切り祈りを捧げた。


「エイメン……。」


 そのエルハンドが祈ると同じタイミングで、遠方の崩れた建物を散策していた配下の一人が突然隊長へ駆け寄った。


「――エルハンド卿!生存者です!……少女が一人――」

「……まさか……!?」


 聖騎士は駆け出していた。

 この凄惨な絶望とも言える状況で生き残りが居る――それは正に主の導きかと思える事態に、エルハンドはその配下が示す場所へ急行した。


「大丈夫か……!?」


 そう声に出そうとした聖騎士の隊長は足を留め、立ち止まり――そして絶句した。


 崩れた建物内部は薄暗く、辺りには先ほども見た者たちに囲まれて――

 否――それらに守られるかの様に壁の奥、子供が入る程度のクローゼットにあしを抱えて蹲る少女。


 何よりエルハンドが絶句した光景――それは、その少女がまるで地獄の底を垣間見たかの様な……光を失った虚ろな視線をしていた事であった。


 「私が行こう……。」


 少女を警戒させぬ様、エルハンドはゆっくり近づき静かに少女へ声を掛ける。


 「もう大丈夫だ。君を助けに来たよ……出ておいで……。」


 優しく、そして決して急かさず――聖騎士は少女がこちらに来るのを片ひざをついて待った。


 すると少女は光の無い瞳のままゆっくりと立ち上がり――負傷しているのか片足を少し引きずりながら眼前の十字を携えた男の方へ向かった。

 エルハンドはその少女を主の光で包むかの如き雰囲気で手を添え、再び言葉を掛けた。


「よくがんばったな……。主が君の元へ我々を導いてくれたのだ……。」


 その、十字を携えた男の声がようやく少女の心に響き。


「――……ぁぁ!!」


 恐怖で抑えこまれた感情を爆発させるかの様に、その少女は聖騎士の腕の中で涙も枯れる程の嗚咽に塗れるのであった――

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