長い髪

これは、私の友人から聞いた話である。


 彼は、いわゆる感じ見ることができる人間で、昔から不思議な体験を少なからずしてきたらしい。


 そんな彼は、豪胆なのか能天気なのか、お墓の近くのアパートに下宿していた。どのくらい近いかというと、部屋の窓を開ければすぐ下にお墓が見えるという。おかげで家賃が安く済むと喜んでいた。


 しかしそんなところだから怪奇現象の一つもあるだろう、と尋ねたところ、


「リモコンが手に取りやすいところに動いてたりして、意外と便利だな。ただ水入れたコップが足元に移動していてこぼしたことがあったから、それは困った」


 やはり能天気だな、と感じたが、すぐに口調を変えて、


「ただ、一回だけヤバいと思ったことがあった」


 と言った。


 ある夜、ふと目を覚ますと、金縛りにかかっていた。常人にはわからないが、どうもそれはよくあることらしい。体が動かないだけでそのまま待っていれば解けるか、その前にまた寝てしまうかの、どちらからしい。


 ただ、そのときは違ったという。


 どうもぞくぞくと悪寒がする。体は動かないが眼球はかろうじて動く。彼はそれで見える範囲をぐるりと見回す。


 すると、となりに何かがいた。


 動かせるのが目玉だけなので、はっきりとはわからない。ただ、長い髪が見えた。そこでどうも髪の長い「女」だということが、わかった。というより感じた、らしい。隣に添い寝をする形で、じっとこちらを見ているようだ。


 声も聞こえない。ただこちらを凝視しているだけだった、と。


 これはヤバい、こいつはヤバい、と彼は理解した。これは、彼女は、明らかに自分に悪意、いや憎悪をもっている。


 しかし、いくらヤバいと思っても、身の危険を感じても、金縛りにあっているので動くことが全くできない。


 髪の長い女は、ただただ、じっとこちらを見ている。


 彼は迫り来る憎悪と悪寒とにさいなまれながら、その夜を過ごしたという。



 それからどのくらい経ったかは分からないが、とにかく金縛りが解けたと思ったら夜が明けていたらしい。


「やっぱり塩、盛り塩が効くよ」


 とは、彼がそこから学んだことなのだという。あれだけ「ヤバい」と連発しておいて……やはり能天気なのだろうか。


 ただし、そのあとすぐ、そのアパートを引っ越したあたり、ただの能天気ではないようだ。

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