ホテル・カリフォルニア 3

 御厨正義みくりやまさよしはドコモのタブレット端末を夢中で覗き込んでいる二人の娘にそっと声をかけた。

「何を見てるんだ」

「ユーチューブだよ」

双子の娘は嬉しそうに、父親に画面を見せつけた。


 動画サイトの再生窓には、顔をマスクで隠して頭に大型げっ歯類――カピバラを模った帽子をかぶった男が映っていた。無人のグラウンドに彼は立ち、手に持つ、黒く塗ったフィルムケースのような筒状のそれを画面へ見せつけた。

「では、完成したこの爆弾を……投げていきたいと思います!」

カピバラ帽子の男は手榴弾よろしくそれを投擲した。地面に着弾すると同時にパァンと軽快な破裂音が響き、風に舞った土埃が画面を覆う。

それを見て、二人の娘はキャッキャッと笑った。

「いいがでしたか? それでは、次の動画でお会いしましょう! バァイ」

NHKの科学番組か何かか? 御厨が訊ねると、娘のうち妹のほうは何故か誇らしげに答えた。

「ユーチューバー。大物ユーチューバーなの。カピバラさん」

「ヒカキンだっけ? そういうやつか」


ウェブ上に個人で作った動画などをアップロードし収入を得る方法があることは、今どきの文化カルチャーに詳しくない彼も知っていた。

「そういうのとは違うんだよ、テレビなんかよりずっと面白いんだから」

「ふぅん。この人は、何をしてる人なんだ」

「戦争」

娘の口から不意に飛び出してきた物騒な単語に、呆れと驚きを含んだ苦笑を漏らす。

「戦争、とは」

「この動画みたいに爆弾を作ったり、銃の撃ち方を教えてくれたりするの」

「そんなこと知ってどうするんだ」

「いざという時に知っておかなくちゃ。パパ、この国はもうすぐ戦争をはじめるんだよ。私たちも、自分の身は自分で守らなくちゃいけない」

「どことだよ」

「中国」

「ははぁ。誰が言ってたんだ」

「だから、カピバラさん」

「ふぅん……まぁ、ほどほどにな。宿題はやったか?」


 宿題という言葉を耳にして、今まで黙っていた姉が振り向いて口を開いた。

「あ、そうだ。お父さん、来週までに提出しなきゃならないやつなんだけど、家族のお仕事について作文を書くのね。お父さんの仕事って、どう言えばいいのかな?」

「あー、そうだな……」

そのユーチューバーとやらと、大差はないのかもしれない。しばらく言葉に詰まったのち、御厨は笑った。

「お薬やさん、だな」


 それだけ話すと、タブレットで別の動画を見始め、すっかりそれに心を奪われた二人のうなじをちらりと一瞥してから、御厨はそっと退室した。廊下を歩きながらアイフォンを取り出して、彼女らの見ていた動画を検索してみる。彼の芸名は何なのだろうか、娘はカピバラさんと呼称していたが、カピバラと打ち込んでも動物についての情報しか出てこないであろうと予測し、「カピバラ 爆弾」と検索をかけた。

 検索結果がズラズラと表示された。彼はその中の、公式サイトと謳っているリンクをタップした。即座に画面上に彼女らが眺めていたあの珍妙な帽子の男が映る。男が運営しているブログのようだ。数百にのぼる記事はカテゴリーに分類されているようで、『爆弾の作り方』なる露骨な見出しが踊っていた。インターネットでの犯行予告や犯罪示唆も罪に問われるそうだが、公安に目をつけられはしないのだろうか。ウェブ上のプライバシーなどたかが知れていて、Eメールより手紙のほうがよっぽど秘匿性に長けている、などという話をかつて若い者がしていたことを思い出す。

外観で人間を判断することは悪手であろうが、御厨にはその彼――名乗っている名も、『カピバラ』らしかった――が、戦争という概念とは最も遠いところにいる存在だと思えた。顔はマスクで半分隠されていて判別に苦しむものの、その色白の肌や細長い手足からは覇気が感じられない。もっとも、クラシックを好む人間が必ずしも楽器を弾ける必要があるわけではないのと同じで、彼も単に兵器やミリタリーといったものに陶酔する、一種のマニアに過ぎないのだろうと憶測した。


 彼のブログは思ったよりも興味深かった。

軍事評論家きどりで世界情勢や国内政治を語る文面には失笑したが、彼の作成した『兵器』たちには目を見張るものがあった。中でも、プラスチック爆弾を応用したというなるものに惹かれた御厨は、彼による、自尊に満ちた解説を眺めることにした。 

本体はマッチ箱ほどの小型であり、シルバーの首輪に装着して使うようだった。リモコンにより遠隔操作で起爆することが可能らしい。

ページに張られていた動画を再生する。カピバラが五十メートルくらい離れた位置からトランシーバーのようなリモコンのボタンを押す。すると、画面中央に鎮座していた、首輪をつけたビーナスの石膏像が音を立てて粉々に砕けたのだった。

なんでも、それは十数年前に大ブームとなった日本映画に着想を得たそうだ。映画や音楽といったエンタテインメントに疎い御厨でも、そのタイトルは記憶していた。確か、その映画に感化された女子中学生が殺人を犯したのだ。当時世間は相当湧いた。

「おもしれぇなぁ……こいつ」


 画面を閉じて、娘たちへ語りかける空想をする。

なぁ、カピバラさんに、会いたくないか……?

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