We Will Rock You 2

 これがいわゆる、燃え尽き症候群というやつだろうか。藤木は自虐的に思う。

アパシー? モラトリアム? 授業で耳にしただけの浅知恵の専門用語を頭に思い浮かべつつ、彼は自転車を走らせた。

部活を引退したというのに、全く学業に身が入らない。

大学全入時代といわれる今日こんにちに高卒はありえないという両親の言いつけを視野が狭いと邪険にしつつも、彼自身、進学と上京を望んでいるのは事実だった。

それなのに、気力がまったくない。いざ、と試験勉強へ意気込んでも、一時間以上机に向かっていられないのだ。これまでは野球部という立場に甘んじていたと、藤木は自嘲の念を覚える。両親や教師も、日頃の練習のハードさにそれなりに共感してくれていた。だからこそ、多少の不足は許容されていたといえる。それがなくなった今、他の生徒以上に精力的にならなくてはならないのだが……

「それができりゃ、苦労はしねぇんだよな」

声に出して呟きつつ、彼は自転車を止めた。背中に背負ったバットケースを手に持って、自動ドアをくぐる。

未練がましく、引退後もこうしてバッティングセンターへ通ってしまう自分が情けなくもあり、また微笑ましくもあった。カウンターに立つ老人に苦笑いを含んだ会釈をして、ポケットから取り出した千円札を両替機へ食わせる。ビリヤードに興じる婦人たちを尻目に、排出された硬貨を掴んでうろうろする。百三十キロの球を投げるマシンのボックスに入った。

 

 五百円分、軟式ボールを軽快に飛ばしたのち、彼は店を後にした。

午後九時を回っていた。夏場とはいえ、すっかり闇が周囲を覆っている。自転車をこいで帰路へついていると、腰の当たりが振動した。彼は煩わしさを覚えつつも、ジーンズのポケットからスマートフォンを抜き出した。昼間なら走行しながら通話に興じても別に問題はないのだが、大事をとってサドルから降りることにした。自転車事故を起こして惨めに補導されるくらいなら、死んだ方がマシだ。

「もしもし?」

相手はサクラ、八木沼桜であった。

「あの、さぁ。明日って、空いてるかな」

控えめでありつつ、主張の籠もった声で彼女は言う。

「空いてるよ」

明日は日曜日だ。学校が休みである土・日にも、無論野球部の練習はあった。彼女とは交際関係にありつつも、デートやセックスの回数はほんのささやかなものだった。

「見たい映画があるんだけどさ」

彼女は新作のタイトルを告げ、一緒に行かないかと誘う。

「いいね。行こう」

二つ返事で藤木は答えた。実はすでに観賞済みの作品であったが、再視聴に耐えうるほどの完成度は持ち合わせていると感じていた。もっともそれは建前で、やっと自由に使えるようになった休日を謳歌したいという思いがすべてである。

 藤木は中学生の時にキューブリックの『シャイニング』を見て以来、部活がオフである第二・第四水曜日の放課後にはほぼ必ず劇場へ足を運ぶほどに映画という芸術に陶酔していた。もし、通っている高校に映画部があったとしたら、野球からは何の躊躇いもなく足を洗っていたかもしれない。

サクラと他愛もない会話をいくらか交わしたのち、彼は通話を終了した。

彼女もまた映画を愛好しており、それが二人が接するきっかけでもあった。彼らは通学路を並んで歩きつつ、『ゴッドファーザー』を除いたコッポラ作品のうち最高傑作は何か、だとか、イーストウッド主演作品で何が一番好きか、だとかの議論を交わしたり、アカデミー賞受賞作品の粗を探しあったりするのがなによりも好きだった。


 かれこれ、三十分以上話し込んでしまったようだった。

ここ周辺は暴力団の事務所があることで悪名高い。まさかと思いつつも、彼は若干目を細めつつ自転車を押した。数ヶ月前に近辺で目にした、老人を恫喝する柄の悪い男のことを思い出す。

『仁義』という概念を持ったヤクザも、どこかには実在するのだろうか。

つらつらと不毛に思いながら、錆びたシャッターの並ぶ路地を進んだ。

『痴漢に注意』との警告のポスターが電柱に張られていた。藤木は先週あたり、この町でレイプ事件があったらしいことを思い出した。犯人は未だ逮捕されていないそうだ。

この町の民度なんてそんなもんだよな。藤木は嘲笑うように思い、直後息を呑んだ。

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