第116話 黄昏時
「ふー、終わったー」
最後の1枚、バスケ部からの部活紹介用紙をゲットしてようやくミッションコンプリート。
時計を見るともう18時近い。
18時半には完全下校ってルールだから、危なかった。
早く生徒会室へ戻らなきゃ。
ガラガラッ
「ただいま~……あれ? 誰もいない?」
生徒会室へ戻って来たものの、中はがら~んとしていた。
そういえば、マキちゃんたち天体観測部三人娘は、なにか用事があるって言ってたっけ。
机の上には、未回収だった文化部の用紙が置いてあるし、あっちはあっちで回収が終わって帰ったんだろう。
あとは……あ、ホワイトボードに職員室行ってる、って書いてある。
あれ、でも、行ったのはスミカ先輩となゆだけっぽいな。
ケイ先輩、どこ行ったんだろう。
カバン……はあるし、まだ校内にはいるか。
時間も時間だし、すぐ帰ってくるでしょ。
疲れたし座って待ってよう~。
ふえ~。
ガラガラッ
あ、かえってき――
「おつかれ」
「ひゃっ!」
椅子でぐったりうつ伏せになってた所から体を起こそうとしたその時。
首の後ろにひんやりとしたものが!
危うく椅子から落ちそうになったよ。
「だ、大丈夫!?
ごめんね、そんなに驚くとは思わなかったわ」
「びっくりしましたよー!」
振り向くと、ケイ先輩が缶ジュースを手に持って立っていた。
なるほど、あれが首に当たったのかー。
「はい、コーヒーだけどいい?
ちゃんと甘いやつよ」
「ありがとうございます~」
普段あんまりコーヒーは飲まないけど。
ケイ先輩が渡してくれたのは、ぐったり疲れた~、って時に私が飲んでいる甘いカフェオレだった。
一度だけ先輩にも勧めてみたんだけど、あんまり甘すぎるのは、って言って断られちゃったやつ。
だから、これ。
わざわざ私のために買ってきてくれた、ってことだよね。
ふふふ、こういうとこほんと好きだなぁ。
「なぁに? にやにやして。
そんなにコーヒー飲みたかったの?」
「えー? そんな顔してないですよー?」
「してたわよ」
うーむ、また顔に出てたのか~。
気をつけて……いや、特に気をつけてないし、いいか。
「なんとか終わりましたね~」
窓の外を見ながら、ゆっくりとコーヒーを口にする。
冷たくて、甘いものが喉を通っていくと、一緒に疲れが取れていく気がする。
「ほんと、お疲れ様」
先輩も横に座って、同じように外を見ている。
少しずつ日が長くなってきてはいるけど、この時間にはもうほとんど日が沈んじゃってる。
完全に夜というわけでもなく、でも明るいわけでもなく。
黄昏時、って言うんだっけ。
世界にケイ先輩と二人だけ取り残されたような、そんな感覚。
少し寂しいような、温かいような、不思議な感じの時間。
ちょうど今日のお仕事が終わった所だったので、妙に感傷的になってるのかな。
「まぁ、終わったのは回収だけだから、まだまだお仕事いっぱいあるけどね」
「も~、そういう事言わないでくださいよ~」
「ふふふ、ごめんごめん」
ケイ先輩のヒトコトで、そんな感傷的な気分もすぐ飛んでっちゃったけどね。
まだまだ大変だなぁ……。
「ねぇ、すばるん?」
それからもう少し、まったりとしていると、コトっと缶を置く音が聞こえる。
「なんですかー?」
「すばるんさ。
生徒会、入らない?」
「生徒会、ですか?」
「うん。
色々あって今人数少ないし。
これだけいっぱいお手伝いしてくれてるしさ。
実質役員みたいなものだから、どうせなら正式に役員にならない?」
生徒会、かぁ。
そういえば、もともとはトラ先輩に間違えて連れてこられたことから始まったんだよね。
あれから、もう1年。
確かに、ケイ先輩の言うようにいろんなコトをお手伝いしている。
それは全然嫌じゃないし、むしろケイ先輩の役に立ってるってことが純粋に嬉しい。
だから、これからもこうしてお手伝いすること自体は全く問題はない。
実質役員みたいなもの、と言われると……うーん、たしかに否定はしづらい。
だけど……
「どう?」
「んー……やめときます」
「え!?」
「もう、そんな顔しないでください」
「だって……まさかOKしないとは思わなくて」
「天体観測部の活動もありますし。
もちろん、お手伝いはいつでもなんでもやりますけど。
ん~、ほら、私って生徒会って柄じゃないんで」
「そうでもないと思うけどね」
「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、そういうものですよ」
「……ま、無理強いするものでもないし、しょうがないわね」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないわよ」
ちょっとだけ寂しそうにする先輩には申し訳ないと思うけど。
私に生徒会は似合わないにもほどがある。
それに――
「さ。
もうスミカたちも戻ってくるだろうから、帰り支度しちゃいましょ」
「はーい」
なんていうか。
隣に立って、一緒に戦う“戦友”もいいな、とは思うけど。
私は、ケイ先輩が疲れて帰ってくる“お家”のような存在になりたい、って。
私にとっての“なゆ”のようになりたい、って。
何となくそう思ったら、先輩からのお誘いを断ってしまった。
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