第107話 うぬぼれ

「えっと……」

 さっきみんな出ていっているので、周りに誰もいないのはわかってる。

 けど、それでもやっぱりどうにも照れくさくて、ぐるっと見てしまう。

「どうしたの?」

「料理、合宿で先輩と一緒に作ってからお母さんに習い始めたんです。

 お菓子はこれが初めてで……美味しくできて、よかった」

 はぁあああ、なんかもう一気に力が抜けた。

 前に卵焼き食べてもらった時もそうだけど、なによりケイ先輩の『美味しい』が嬉しい。

「そうなの!?

 すばるん、料理の才能あるかもしれないわね。

 うん、ほんと美味しい……こっちの中にナッツとか入ってる方も美味しいわよ」

 いつの間にかもう一箱も開けて食べてくれている。

 本当においしい、って思ってくれているのがよくわかる。

「うう、せんぱ~い、泣いてもいいですか~~~?」

「ぷっ、なによそれ。

 今、手にチョコがついてるから、泣いても涙はふいてあげられないわよ?」

「う~、じゃあ、我慢します」

「そうしなさいな、ふふ」

 実際、本当に泣きそうになってはいるんだけども。

 この間からやたらと泣きすぎな気がするので、がんばって引っ込める。

 おかしいなぁ、こんなに泣き虫じゃなかったはずなんだけど。


「っと、そうだ、いけない。

 みんなが帰ってくる前に、渡してしまわないと」

 ひょいひょい、と、チョコを口に運んでいたケイ先輩が、何かを思い出したように手を止める。

 チョコの付いた指をぺろっと舐めると、ティッシュで軽く拭いてかばんを漁り始める。

「む、ちょっとお行儀悪かったわね。

 見なかったことにしといてね?」

「あ、はい」

 その光景をついつい見つめてしまっていた私の視線に気づいてか、ケイ先輩はバツの悪そうな顔で言う。

 はい、とは返事したものの、めったに見ないお茶目な行動だったので、そっと心のメモリーに記憶しておこう、うん。

「すばるん……? 忘れて、ね?」

「……はーい」

 なんでバレたんだろうか、軽く睨まれてしまった。


「はい、これ」

「はい??」

 お目当てのものを見つけたらしい先輩が差し出したものを、よくわからないまま受け取る。

 ビニールの袋に入っていたそれは、貝殻のマークの入った淡い水色のポーチだった。

「まりえ……かい??」

「マリエカイチョコレート、っていう、まぁそのハワイでも結構有名なチョコレート屋さん、なんだって。

 中にチョコも入ってるわよ」

 言われるままポーチを開けると、たしかに板チョコ? っぽいものが2枚。

「これ、って?」

「すばるんへのお土産、というか、バレンタイン?」

「え??

 お土産ならこの間……」

 私となゆに、って、結構大きめなマカダミアチョコをもらっている。

「だから……修学旅行に行く前に、すばるんがなんか美味しそうなチョコを作ってくれる、って言ってたじゃない?

 それで、その……さすがに作る時間がなかったので、向こうで探してきたのよ」

 少しだけ目線を逸らして、ケイ先輩が言う。

 もしかして、少し顔が赤い?

 夕日のせいかもしれないけど、何となくそう見えた。


「あの、ありがとうございます。

 大事にしますね!」

「チョコは食べてね?」

「それは大丈夫です」

 できれば家に飾っておきたいところだけど、食べ物を粗末に誌ちゃダメだからね。

「あとこれ、なゆちゃんにも渡しておいてもらえる?」

 さっき受け取ったのと同じビニール袋を渡される。

 中には私がもらったポーチに入っていたのと同じチョコが。

「……ポーチは、すばるんだけだから」

「え? え?」

「まだ、ね。

 ちゃんとは向き合うには時間がほしい、んだけど。

 ちょっとだけ、前に進めそうかな、って。

 だから、もう少し、待ってて」

「……はい! いつまででも待ちます!!」


 先輩が、今どういう気持ちでいて。

 どう進んでいくのかはまだわからないけれど。

 今は、その向かう先に私がいるんだと、うぬぼれてもいいよね?

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