第106話 楽しみ

 えーっと?

 どうしよう、状況がいまいち飲み込めていない。

 何がどうして二人きりにこうなった?


「ほんと、みんなして……」

「え? 何か言いました?」

「何も言ってないわよ?」


「で」

「ほえ?」

 ケイ先輩が、すっと手を伸ばす。

 なんだろ。

「……えっと、それ、私にじゃないの?」

「『私に』??」

 んん??

 なんか頭がついていってないぞ?

「え? それ、違うの?

 ううん、これじゃ私すごく欲しがりみたいだわね……恥ずかしいったら」

 『それ』と言ったときの目線の先には、私の手……に、握られた紙袋、が……あ!!!!

「そうですっ!!! 違わないです!!!

 えっとその! どうぞ!!」

 そうだよ、なにを呆けてるの、私。

 今日の一番の目的を忘れてどうする。

 それも、しっかり紙袋を手に持ったまま……。

「ふふ、そんなに慌てなくていいわよ。

 ありがと」

「い、いえ、ぼけっとしちゃっててすみません……」

 ひゃー、なにやってんだかー。


「せっかくだから、見てもいい?」

「はい、もちろん!」

 他に誰もいない生徒会室で、先輩が紙袋をゴソゴソする音だけが妙に響く。

 校庭からは運動部の子たちの掛け声はするものの、それが余計に部屋の中に音がないことを際立たせているようで、なんだか不思議な感じだ。

 それにしても。

 ケイ先輩がなんだかすごく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「あれ? すばるん、これ二箱も入ってるわよ?

 ふふふ、誰かの入れ間違っちゃった?」

「あ、大丈夫です。

 えっと、ケイ先輩だけの……その、特別バージョンです」

「あ、そ、そうなの。

 ありがとう」


 なんだろう、この妙な空気は。

 私が浮足立ってるのは、自分でもわかる。

 一週間会えなかった、ってだけなのに。

 冬休みだって、そのくらい会えなかったけど、その時はこんなじゃなかったのに。

 よくもまぁこんなにふわふわになったものだ、と自分でもちょっと呆れるくらいだ。

 けど、それだけ自分の中で先輩が大きくなっていってる、ってことなんだろうからしょうがない。

 この一週間で、紛れもなくこの人が好きなんだ、って再認識した。

 告白までしといて今更ではあるけど、うん、なんかそういう時間だったんだな、と思った。


 で。

 そんな私はいい。

 けど、ケイ先輩がこうなってるのはどうしてだろう?

 ものすごーーく、私に都合よく考えると、会えない間に私への気持ちが変わった……なーんて、さすがにないかー。

 それだったらどんなに嬉しいか、って思うけど。

 だけど、そうそう都合よくはいかないよねぇ……。

 あ、わかった。


「ケイ先輩、そんなに楽しみだったんですか?」

「え……ええ!?

 いや、そ、そんなこと……」

 お、図星?

 なんだか可愛い♪

「えー? でも、すっごく嬉しそうですよ~?」

「そ、そうかしら?

 すばるんの気のせいじゃない?」

 微妙に視線を合わせてくれないケイ先輩。

 そんなに照れなくてもいいのに~。

「頑張って作ったので、期待してくれていいですよ、そのチョコ」

「……へ? チョコ?」

「え、はい、チョコですよ?

 先輩が『なんかおいしいやつで』とか言うから、結構大変だったんですからねー」

「あ、うん、そう、そうね」

 あ、あれ?

 なんか反応が変?

「そういえば言ったわね、そんなこと」

「そうですよー」

「ふふふ、ごめんね。

 どんな美味しいチョコなのか、とっても楽しみね」

 すごく優しい目で見てくれる。

 あ、よかった。

 合ってたみたい。


「一応味見もしましたし、なゆもお母さんも合格をくれたので、大丈夫です!!! たぶん、きっと……」

 言っててだんだん自信がなくなってきた。

 いや、ほんと二人がちゃんと合格をくれたんだから、ちゃんと美味しいはずなんだけど。

「ごめんごめん。

 大丈夫よ、せっかく作ってくれたんだもの、美味しくいただくわよ」

「ありがとうございます。

 あ、でも、美味しくなかったら率直にそう言ってくださいね!

 ちゃんと改善していきたいんで!」

「そうね、わかった約束する」

「ありがとうございます」

 なんでもおいしい、って食べてくれるのも勿論嬉しいんだけど。

 せっかく食べて欲しい人に食べてもらうんだもの、ケイ先輩がどう思うのかはちゃんと聞いておきたい。


「じゃあ、早速頂いちゃおうかしら」

 そう言うなり、ケイ先輩はするするとリボンを解いていく。

「え! 今ですか!?」

「何かまずいの?

 あら、なんだかすごく手が込んだ感じね」

 ケイ先輩が開けたのは、ケイ先輩だけのスペシャルバージョン。

 といっても、作り方自体はそんなに難しくなく、見た目ほど手間暇はかかってない。

 ……言わないけど!


「それは、生チョコです。

 ケイ先輩だけ特別の『二箱目』です」

「ふむふむ、いただきま~す」

 聞いてるのか聞いてないのか。

 ウキウキした様子でチョコを一欠片つまんで口に入れる。

 そういえば、先輩の家にお泊りした時、毎週のコンビニ新作チョコは欠かさずチェックしてるって言ってたし、もしかしなくてもチョコにはちょっとうるさい!?

「ふむふむ……これは……」

「う、おいしくなかったですか!?」

 ドキドキするっ!

「……すっごく、おいしい!!

 これほんとに手作りなの?? 売ってるのと変わらないかそれ以上に美味しいわよ!」

「ほ、ほんとですか!!」

 本当だとしたら嬉しすぎる!!

 

「ほんとよ、さっき率直に感想を言う、って約束したじゃない。

 すばるんは本当に料理が上手なのね」

 話しながら、二欠片目を口に運ぶ先輩。

 本当に気に入ってくれたんだ、ってことがよくわかって、実感が湧いてきた。

 うわ、やばい、泣きそう。

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