第103話 遠慮

「で、どうしたの?」

 大きなトランクを転がしてケイ先輩が戻ってきた。

「えーっと、ですね……あ、寒いのでホッカイロどうぞ」

「あら、ありがとう。

 気が利くじゃない」

 シャカシャカ、と小気味良い音が響く。

「そうなんですよ、すごいですよねー」

「え?」

「ん?」

 …………あ!

「ち、違いますよ! 自画自賛じゃなくて!!

 これ! なゆが用意してくれたんで!!」

 思いっきり自分って気が利く子宣言したみたいになっちゃった!!

「ふふ、なるほど。

 すばるんってそんなキャラだったかしら、って思っちゃったわ」

「す、すみません……」

 そうだよねぇ、なゆが、って言わなかったらそうなるよねぇ……。


「……まさか、カイロを届けにわざわざ来た、なんてことはないわよね?

 どうした? なにか急ぎの用事でもあった?」


 どう答えたものか、困ってしまった。

 いや、正直に言えばいいんだけどさ……再び怖気づいてしまい、下を向いてしまう。

「……一週間、です……」

 なんとか絞り出した言葉が、ちゃんとした形にならない。

 けれど、先輩は私が続きを言うのを待ってくれている。

「自分でもおかしい、って思わなくも、ないんですけど。

 一週間、会えなかっただけで、すごく……その、寂しくて。

 ……帰ってくる、って、思ったら、会いたくなっちゃったんです……。

 すごく疲れているのに、ごめんなさい……」

 顔があげられない。

 怒って……は、ないだろうけど、呆れられてるくらいはあるんじゃないだろうか。

 うう……。


ぽんぽん


 ちらっと、このまま走って逃げちゃおうかな、なんて思っていると不意に頭を撫でられる。

「もう、バカね」

 顔をあげると、私の大好きな、ちょっと困ったような、けれどとても優しい笑顔の先輩と目が合う。

「なんで謝るのよ。

 わざわざ会いに来てくれて、怒ったりなんかしないわよ」

「うぅぅ、せんぱぁいい……」

「ちょっと、なんて顔してるのよ、まったく」

 う、結局呆れられてしまっている気がする……。

「それに――」

「よかったね、おねえ……って、鼻水出てるよ」

 頃合いを見て、なゆが近づいて来る。

 ずっと近くで見守ってくれていたのだ。

「う……ティッシュあるー?」

「はい、これ」

「ありがとーー!!」


 安心したやら気が抜けたやら嬉しいやらで、なゆとドタバタしている間に、どうやら私はケイ先輩の漏らした肝心な言葉を聞き逃してしまっていたらしい。


「それに、私もすばるんに会いたかったし、ね」



「あなたが、ケイちゃんね。

 すばるとなゆたの母です、いつもうちの子たちと仲良くしてくれているみたいで、ありがとうね」

「冷水ケイです、こちらこそいつもお世話になっています」

 お母さんがやってくるなり、大人なご挨拶が交わされた。

 なんか変なこと言うんじゃないか、ってちょっとドキドキしたけど、それは大丈夫っぽ――

「やー、話には聞いていたけど、本当に美人ねー。

 すばるがあこが」

「ちょ! ちょっと、お母さん!!!!!」

 すんでの所でなんとか食い止める。

 危なかった……!!

「なによ、すばる」

「『なによ』じゃないよー! そういう余計なことは言わなくていいの!!」

「ふぅん……?

 ま、いいわ」

 うぅ、すっごい意地悪な顔してたよ……。

 これ、絶対あとでいじられるパターンだ……。


「あれ、すばるちゃんだ。

 やっほー」

「スミカ先輩!」

 ようやくファンサービスから解放されたみたいで。

 ケイ先輩と同じく大きなトランクを転がしながら、スミカ先輩がやってきた。

「おかえりなさい」

「ただいまただいま―」

「帰ってくるなり大変でしたね」

「大変じゃないよ。

 仔猫ちゃんたちがわざわざお出迎えに来てくれるなんて、嬉しい限りだよ。

 とはいえ、さすがに疲れたよー」

 最後はちょっとだけ小声で。

 遠巻きに見ているファンクラブの人たちに聞こえないように言って、ウィンク。

「スミカ先輩、私達にそういうのは不要です」

「お、なゆたちゃんもいたのかー。

 って、相変わらず厳しいなー」

「スミカ先輩は甘やかさないことにしてるので」

 最近、スミカ先輩へのなゆの塩対応がどんどん厳しくなっていっている。

 一時期、ケンカでもしたのか、とヒヤヒヤしたけれど、ひと通りやり取りしたあとにお互い満足そうに頷いていたので、そういうわけではないみたいだった。

 私にはよくわからない世界だ。


「お、君が噂のスミカちゃんだね。

 すばるとなゆたの母です」

「あ、こんばんは!

 えと、噂がどういうものかわかりませんが、多分そのスミカです!」

「あはは、元気いいね!

 っと、そうだ。

 ケイちゃんもスミカちゃんも、お家の方がお迎に来てるの?」

「いえ、両親とも仕事で夜遅いもので」

「ボクのとこも車ないので、来てないですよ。

 バスに乗っちゃえば、そんなに時間はかからないですしねー」

「なら、送っていこうか?」

「え?」

「いいんですか!?」

 突然お母さんがそんなことを言い出す。

「い、いえ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございますー!」

「ちょ、ちょっとスミカ!」

 遠慮するケイ先輩に対して、スミカ先輩はノリノリだ。

「あっはっは、子供は遠慮しなーい。

 そんな大きな荷物持ってたら、バスに乗るのも大変でしょう?」

 言われてトランクをちらっと見る。

 誰がどう見ても、普通のバスに乗り降りするには大変なサイズだ。

 それが二人分。

 時間的に空いているとはいえ、結構厳しいと思う。

「そ、そうですけど……」

「でしょ? だったら甘えちゃいなさいな」

「……ありがとうございます。

 それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」

「ありがとうございまーす!」

「……スミカはもう少し遠慮を覚えなさい」

「いいっていいって。

 んじゃ、車とってくるから待っててね」

 言うだけ言って、駐車場の方に歩いて行っちゃった。

 怒涛の急展開。

 いや、お母さんっていつもあんな感じだから、いつもどおり、と言ったほうが正しいかもしれません。

「なんかすみません、うちのお母さんが」

「ううん、そんなことないわよ。

 と言うか、本当にいいのかしら?」

「大丈夫ですよ。

 むしろ、言い出したら聞かないですし」

 もう、恥ずかしいなぁ。


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